或るバーとの6年間
そのバーとマスターと出会えたのは本当に偶然だった
だってそのバーがあったのは繁華街のど真ん中ではなく
電気街のど真ん中、でもメインストリートからは一本入った
はっきり言って人通りの少ない場所だったからだ
その日のことは今でもハッキリと覚えている、「西の電気街」と呼ばれる日本橋で本を買ってまだブラブラしようと思っていた時だった。
メインストリートの「オタロード」は人が多すぎて歩きにくいので1本中に入ってみるか・・・と思ってその裏道を歩いていた。
時間は夕方から宵の口の手前ぐらい、もう少ししたら帰ろうかと思っていた時に僕の大好きなビール「ギネス」の看板が目に入ってきた
それなりに一人飲みも経験し、バーにも慣れ始めていた僕は
「おっ!?こんなとこにバーがあるのか?」と思って足を止めた
店内はマスターが一人で何か作業をしている様子だけど、明かりは点いている。
「いけるかなー」と思って思い切ってドアに手をかけて中に入ると少し驚いた感じでマスターが迎えてくれた。
どうやらお店を開けるのは翌日からで、今日は開店に向けての作業をしているところだったようだ
それでも「どうぞ」とカウンターに迎えてくれたマスター
「レジがまだなので今日はキャッシュオンですがいいですか?」と聞かれて「開店前なのにすみません、ありがとうございます」と返しギネスを注文した
メイドカフェが乱立する電気街のど真ん中にあるとは思えないぐらい落ち着いた店内と豊富なシングルモルトの数々、なにより気さくで博識なマスターがいるのは本当に心地よかった。
その日はギネスとグレンリベット12年を頂きつつ、お酒のお話などを聞かせて頂きお店を出たが
「また絶対来よう」
と思えるバーだった
それからというもの、僕の一人飲みは決まってこのバーになった
お店の雰囲気は言わずもがな、マスターのウイスキーに対する造詣の深さに驚き、カクテルメイキングに関しても「こんなのが飲みたい」というあいまいなオーダーに対して僕の想像を遥かに超えるものを出してくれる腕前に本当に舌を巻いた。
それと同じぐらい驚いたのは「料理の腕前」だ、洋食に関しても和食に関しても「こんな高いクオリティのものをバーで出したら周りの店が怒ってくるで」というのが僕の常套句となるぐらい「バーフード」の域を完全に超えたものがよく出て来ては僕を驚かせた、特に年末の「カモでとった出汁での年越しそば」などはこれだけでお店を出せるんじゃないかと思うクオリティだった。
以前に書いた「バッフィ・バルバ」が僕の一人飲みを教えてくれたお店だとするならこのバーは「一人のみの楽しさ、バーの楽しさをより深めてくれたお店」だろう
このお店で色々な人と出会い、お酒の事も沢山教えてもらえた、また「マスターからの紹介で別のバーに行く」ということもここで教わったことだし、ウイスキー検定のことを教えてもらったのもここだ。
しばらくしてからそのバーは電気街のど真ん中から今度は大阪ミナミのど真ん中、宗右衛門町に移転し変わらず素晴らしいクオリティのお酒を出してくれていたが、6年目で閉店。
そのマスターの頭の中にはまだ色々とやりたいビジョンがあるようで、今も別の飲食でその才能を如何なく発揮しているようだ。
でも僕は待っている、いつか貴方のカクテルがまた飲めるようになることを
貴方のウイスキーや映画談義を聞きながらお酒が飲めることを
貴方が夢見たバーを実現させて、またそこに「第0号のお客」として扉を開けられることを。
かつて電気街のど真ん中と宗右衛門町のど真ん中にあったそのバーの名前は
「BAR UMEYA」
素晴らしいマスターとともにもう一度その看板に灯が燈る日を心待ちにしたい