午後2時、桜降るユニオンスクエアパークにて。
今したいことは何か。
今楽しいと感じることは何か。
「今」に集中しよう。
ただそれだけを心に刻んだ時間だった。
◇
彼とは1年ぶりの再会だった。
大学卒業を目前にした春休み、偶然彼が住む方面へ遊びに行ったので、1年ぶりに連絡をした。
前回も、数ヶ月ぶりに連絡を取った時に偶然同じ場所にいたので、その日のうちに会うことになった。互いに活動拠点が全く違うのに、不思議な縁だ。
◇
彼と出会ったのは、私が高校生の時だった。
頻繁に連絡を取る仲ではなく、ある時は1年ぶりに、またある時は2年ぶりに唐突に連絡を取り、近況をキャッチアップし合っていた。
互いに知らないことの方が多いけれど、18歳~23歳というそれぞれの人生の変革期の要点を、なんとなく知っている関係。
◇
結局、彼とは2日連続で会うことになった。
1日目はユニオンスクエアパークにて。
大きめのジャケット。細めのパンツ。黒のブーツ。待ち合わせ場所の近くの横断歩道に、変わらない彼のシルエットがあった。
久々に見た彼は、長かった髪の毛を切り、ミディアムヘアになっていた。
「久しぶり」
そう声をかけた後のことをよく覚えていないのは、その後の会話がごく自然だったからであるのと、次の日に交わすことになる会話の内容が、深く心に残るものだったからだと思う。
目的地の公園に行く前に、ドリンクを買いにスタバへ行った。
レジの列に並んでいる間、彼の顔をじっと観察した。まずは目、次に肌。
彼がこの1年間で流した汗、涙、抱えた葛藤、希望、戦ってきた場所の空気、音がこの瞳と肌に詰まっているのかな、と思った。
ドリンクを片手に外に出ると、日射しを掻い潜って、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。天気雨だった。
「最近雨男やねんなぁ」と、彼が言う。
なるほど、この人の肌には、雨も入っているのか。
私は乾燥肌だから、彼が羨ましいなぁ、と思った。
少し歩くと、桜の木が見えてきた。
東海岸の長い冬を越えて、春の訪れを祝う日射し。
憂鬱さを感じさせるけれど、降りたいという意志がある雲と雨。
その双方の視線を気にせず、じっと咲き続ける桜。
希望、憂鬱、意志、継続。
この4年間の大学生活を、ぎゅっと閉じ込めたような絵だった。
雨に当たらない桜の木の下のベンチを見つけて、
最近のことについて大まかにキャッチアップした。
しばらく話すと、
「顔を見ただけでわかったよ」と言われた。
「ん?」
「元気だってこと、顔を見ただけでわかったよ」
互いに知らないことの方が多いけれど、人生の変革期についてなんとなくわかり合っている理由は、おそらく彼と私が、いつも「今」の話しかしないからだろう。
それも、ピンポイントの今。ここ数ヶ月の話ではなく、今この瞬間にしていること、考えていることについて。
故に、相手が
どんな過去を経てきたのか、
どんな未来を目指しているのか、
私達はほとんど知らない。
彼が日本には3年間しか住んでいなかったこともこの日に初めて知った。彼も、私がどこで生まれたかなんて知らない。
知っているのは、互いに高校を卒業してからアメリカで過ごしたこの4,5年間の、断片的な部分。
それだけで、今日までご縁が続いた。
その日は予定があったので、明日も会う約束をして、1時間ほどお話してお別れした。
念願の演目の鑑賞を楽しみに、私は劇場へ向かった。
◇
2日目は、チャイナタウン近くの公園でお話した。
公園に向かう途中、
彼が以前使っていたアトリエを通りかかったらしく、教えてくれた。
(ここで生きていたんだ。)
いつも、2人の会話の中でしか自分達の世界は交わり合わなかったので、急に彼に関する第三者的な情報を得ることになり、不思議な感覚がした。
その日は、私の足が靴擦れで限界だったので、飲み物も買わず、近くの公園に行った。
その公園は、彼が仕事の日のお昼休みによく来るのだと言う。その辺りが地元なのであろう子ども達が、2面あるコートでバスケをしていた。
この間まで冷え込んでいたのに、急に半袖レベルの気温になった昼下がり、昨日の会話の続きが始まった。
その日は、会話をした、というよりも、時間を共有した、と表した方が適切だと思う。ベンチに座りながら、時には言葉を紡ぎ合って、時にはコート内を走り回る子ども達をただ眺めて、時間を共有した。
そんな風に過ごしているうちに、人生の平行線において、正の方向に進む速度が少し遅くなったような感覚がした。
だが、こんなにも心地のよい春の陽気の下でも、決して平行線上から逃げることはできない。それはなぜか。自分が自分を平行線上に置いているからだ。
そんな事実を再認識させられて少し憂鬱になった時、彼が言った。
「俺はもっと、今に集中しようと思う。」
私は耳だけ彼に傾けて、子ども達を眺め続けた。
彼は続けて言った。
「この数年間、楽しかった時間より苦かった時間の方が多かったねんな。」
私は、視線を子ども達から彼の瞳に移した。
「ずっと将来のことばっかり考えて、今を楽しめていなかった。
行動はしていても、それは将来のための行動であって、楽しくなかったねんな。だから、もっと今に集中しようと思う。考えるとしても、1秒先のことかな。
今したいこと。今楽しいと感じること。それに集中する。」
あ、やっぱりこの人とは、繋がるべくして繋がっていたんだ。そう思った。
"この数年間、楽しかった時間より苦しい時間の方が多かった"
彼が何に苦しんでいたのかは知らないが、この感覚に対する自分の解釈の仕方・精度が、彼のそれとかなり近しい気がした。直感的に。
だからこそ、今に集中するという彼の一言は、今日の自分をも動かす大切なtake home messageとなった。
そして、彼は最後に言った。
「だから〇〇ちゃんも、自分の直感に従ってみてもいいんじゃない。」
至ってシンプルなこの言葉で人の心を動かせる人間は、これを実行し、走り続けた人間だけだと思う。
ついこの間、就職活動という死闘を終えたばかりだったけど、気がつけば、「OPT*についてお話を聞きに行っていいですか?」と大学に連絡をしていた。(OPT=留学生がアメリカの大学を卒業後、最大1年間まではアメリカに滞在して専攻と同じ分野の仕事に就いてもよいという制度)
◇
昨日よりも、清々しく、意志のあるハグをして、彼は右、私は左へ進んだ。
午後2時、桜降るユニオンスクエアパーク(+もう1つの公園)にて。
2枚の花びらが、どこかへ舞って行った。