SWANHOPE

きっと何か文(ふみ)を書く。

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最近の記事

こちら一部訂正。 音クラに通っているのは8年ではなく10年でした。 そんなに経ったのか。 https://note.com/swan_hoper/n/n93a0d580e115

    • 5月2日にいなくなってから1年が経ちました。 これでホントにサヨナラ 〜天空の華〜 | SWANHOPE https://note.com/swan_hoper/n/nd35a25b00d05 引用元とはあまり関係ないけど、よそのアカウントを使うなら自分のアカウントを立ち上げて堂々と発信すればいいのに。お粗末だこと。

      • 音クラさんに救われている

        4月6日土曜日、「SHOXXXX」というクロスジャンル音楽イベントに行ってきた。 SHOXXXXは有志が集って曲をかけたりその曲を浴びるクラブイベントで、有名なゲストをお招きすることもある。 今回はイベント開催10周年を記念したレギュラーメンバーでの開催だった。 suisoさんのゲーム音楽とニューディスコで揃えたOPセットを聴きながら、会場の浅草Stella内ラウンジで出演者さんやお客さん仲間にご挨拶。 今年の元日に発生した地震に遭った遠方からのお客さん仲間やご家族が

        • だから僕は音楽を辞めた(2024年改訂版)

          ※このnoteは2021年12月30日にノスタルジア合同誌企画として掲載した「だから僕は音楽を辞めた」の改訂版です。 初版と内容は9割9分一緒で、比較するほどの違いはありませんが、ぜひ最後までお読みいただければと思います。 まずそもそも、この場でこの曲を題材にして物を書くことにした時点で音楽を辞めるはずがない。 だがその中で辞めたものもある。 子供の頃、音楽を仕事にして食べていけたらと生半可に思っていた。 結果的にいち音ゲーマーでいち音楽ファンにとどまった私が考える、音楽

        • こちら一部訂正。 音クラに通っているのは8年ではなく10年でした。 そんなに経ったのか。 https://note.com/swan_hoper/n/n93a0d580e115

        • 5月2日にいなくなってから1年が経ちました。 これでホントにサヨナラ 〜天空の華〜 | SWANHOPE https://note.com/swan_hoper/n/nd35a25b00d05 引用元とはあまり関係ないけど、よそのアカウントを使うなら自分のアカウントを立ち上げて堂々と発信すればいいのに。お粗末だこと。

        • 音クラさんに救われている

        • だから僕は音楽を辞めた(2024年改訂版)

          (聞く相手に明白に理解してもらえる事情が説明できる場合を除いて)約束は守りましょうね。

          (聞く相手に明白に理解してもらえる事情が説明できる場合を除いて)約束は守りましょうね。

          これでホントにサヨナラ 〜天空の華〜

          僭越ながらUNDERTALE内で流れるゲーム音楽をタイトルに入れさせていただきましたが、効果を発揮するのはこの時だけ。曲も合わせて発揮されるのはサブタイトルとして上げた天空の華のほうです。 ‪個人的にけじめをつけるために、できる応援をしてきた約3年間を振り返ることにしました。 漫才やトークライブでの穏やかな雰囲気で醸し出すおもしろさが好きである他に2人をお慕いする大きなきっかけとなったのは、安田くんのコロナ罹患に伴い自宅待機となった時の石井くんがインスタに上げた投稿でした。

          これでホントにサヨナラ 〜天空の華〜

          以前書いたnoteに文を加えました。 特定の件に向けて述べていますが、このような出来事が起こるのはこれに限った話ではないでしょう。 タイトルこそ祈念を込めているがきっと厳しいでしょうね。 https://note.com/swan_hoper/n/n0303a9abe26d

          以前書いたnoteに文を加えました。 特定の件に向けて述べていますが、このような出来事が起こるのはこれに限った話ではないでしょう。 タイトルこそ祈念を込めているがきっと厳しいでしょうね。 https://note.com/swan_hoper/n/n0303a9abe26d

          約3年9ヶ月振りに“ペンで文(ふみ)を書いて”送った。 おせっかい承知で忖度なく正直な気持ちを。 良いところも、一旦考えた上で叱るべきところも。 そして何よりもやはり2人でいなければ。 今の2人は楽しそうだがそれと同時に孤独にも見える。

          約3年9ヶ月振りに“ペンで文(ふみ)を書いて”送った。 おせっかい承知で忖度なく正直な気持ちを。 良いところも、一旦考えた上で叱るべきところも。 そして何よりもやはり2人でいなければ。 今の2人は楽しそうだがそれと同時に孤独にも見える。

          ...(2人でいる良さがいつまでも忘れられない。)

          ...(2人でいる良さがいつまでも忘れられない。)

          最初で最後の記念献上(※2023.7.1現在)

          コマンダンテ結成15周年おめでとうございます。 それを記念して、僭越ながら自身の書いたnote「私の独りよがりな解釈」に基づき4曲を献上させていただきます。 献上した曲のタイトルと(曲ごとに貼ったインスタもご覧いただきながら)、noteの内容に基づいたパターンのどれに当たるかとその説明および解釈と小話を添えて。 1️⃣Onyx パターン2。キラキラしているように見えた中にあった2人の軋轢。 美しいメロディーがありつつも、一瞬起きるBPM変化やギシギシした音色の中にそのよう

          最初で最後の記念献上(※2023.7.1現在)

          おれは限界だ -オイパンク、限界食堂の如く-

          騙されてると思っているから オイパンクの力を借りて書き殴ることにした。 オイパンクさん、力を貸してください。 名指しはできるだけ避けているがわかる人はわかるのではないだろうか。 皆様の諸々の書き込みを色々拝見拝読していますけど、あ〜なるほどね〜という気持ちでいる。 私は見れていないんですが、某動画で間に入ったどうのこうのの奴の機器不具合って本当なんですかね?なんか最近の生配信でも不具合だか通信障害だかがあったようですね。 そんなに不具合や障害が起こりやすいのなら機材ごと不

          おれは限界だ -オイパンク、限界食堂の如く-

          脳髄の盲点

          タイトルは江戸川乱歩の短編小説「恐ろしき錯誤」に出てきた言葉。 おもしろい言葉でおもしろい考え方だと思った。 人は全てを俯瞰で見ることは出来ない。当然だろう。ある意味、だから協力する。だから協力して物事に取り組む。 しかし以前から諸々の媒体で書かれているとある投稿は、——もし脳髄の盲点が作用していたのだとしたら——果たしてど忘れか、それとも本当に知らなかったのか、はたまた意図的なのか。 いずれにしろ自ら上げているのだから、書いた者に焦点が当たり、追及されることは間違いなか

          脳髄の盲点

          悪足掻き(ではなかったとやがてなってほしいが)

          ※一部辛辣な内容を綴っています。読む際の心身管理は自己責任でお願いします。 ※馴れ馴れしいお名前呼びはご愛嬌のほど。 2パターン考えていた中の2パターン目だったか。推察の一部は当たっていた。そうか。 ↓何のことを述べているかの詳細は私の下記noteへ。 公式YouTubeチャンネルを通じて改めて踏み切った旨の報告がありました。更新してくださり感謝しています。ここにこそ上げてほしかったので。 僭越ながら同名義でコメントも残しました。 なお上記note内で書き示した通り、た

          悪足掻き(ではなかったとやがてなってほしいが)

          140字に収まりきれなかったので以下画像へ。

          140字に収まりきれなかったので以下画像へ。

          私の独りよがりな解釈

          ※馴れ馴れしいお名前呼びはご愛嬌のほど。 コマンダンテというコンビ名の由来はフィデル・カストロとチェ・ゲバラが中心となって起きたキューバ革命を調べたことかららしく、名付けたのは石井くん。 行う予定だった全国ツアーを全て中止にしてまで踏み切ったのだからそうそう薄っぺらい理由だとは思えない。 考えられる事として2パターンを挙げた。 1つ目。Twitterで呟きもしたが、私が昔から好きなあるデュオは、一度解散したのち再結成し現在も活動している(安田くんにはある媒体を通じて苦

          私の独りよがりな解釈

          終わりに〜ノスタルジア合同誌という名のアンサンブルに参加して〜

          今回、こちらの合同誌へ投稿させていただくにあたり、「だから僕は音楽を辞めた」について、我々の想いを載せたうえで、それぞれ文章を作成しました。 その結果、本筋の根っこに当たる部分に少し似ているところを感じました。 音楽を辞めた経緯はそれぞれですが、根っこの部分では音楽が好きで。 その中でノスタルジアに出会い、今につながっているということは、この曲をテーマに選ぶということで避けては通れない道だったのかもしれません。 我々はノスタルジアというコンテンツを通じて、ジャンルとしての

          終わりに〜ノスタルジア合同誌という名のアンサンブルに参加して〜