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寺尾に手紙を書きたかった
錣山親方が2023年12月17日に亡くなりました。
現役時代は「寺尾」の四股名で甘いマスクと回転の速い突っ張り、39歳まで土俵を務めた鉄人は言うまでもなく人気を博しました。
引退後は年寄・錣山となり部屋を持ちます。
角界一美しい所作と言われた元小結豊真将や阿火など数多くの力士を育てました。
ふと、「親方がこの世にいないんだ」と実感し、とても寂しくなる瞬間があります。
テレビやラジオなどでの相撲解説に親方が出演する際の、解説や言葉、話し方がとても心地良くて。次は何をお話ししてくれるのだろうとそれはとても良い時間で。
格好いいのは外見だけではないのです。
それが観られなくなるのだなと、心にポカと穴が開いたような気がします。
そして、もうひとつ理由があります。
親方に手紙を書こうと思っていました。
「同級生を陰ながら応援している」と。
「もし宜しければお伝えいただけないか」と。
それが、書けなくなってしまいました。
小学校1、2年生のときの同級生が錣山部屋に入門したらしいと風の噂で耳にしたのはおそらく高校生のときでした。
当時、相撲に興味が向いていなかった私も、夕方のニュースや新聞などで報じる県内出身力士の取り組み結果の中に登場する同級生の四股名を見て、お、今日は勝ったな!ああ、負けちゃったな、うん、でも頑張っているんだなと励みになっていたりしました。
その後、大人になってから私はいわゆる「スー女」になります。
自分でも経緯はよくわからないのですが、大相撲中継を観ているうちに魅力を感じたんだと思います。
一昨年、生まれてはじめて国技館で相撲観戦をしました。
同郷力士の時疾風関がまだ幕下のときでした。
同じく同郷の大畑さんも観たいし、そして、同級生が頑張っている姿を観たい。
この3人の取り組みが必ず観られるよう2日連続の日程でチケットを取りました。
同郷力士の2人は生で観戦ができましたが、同級生の取り組みを観ることは叶いませんでした。
その場所、彼は休場だったのです。
きっと国技館ではないどこかで頑張っている最中で、いつか観られる機会があるといいなと思っていました。
それよりも少し前くらいからです。
前述したとおり、親方に手紙を書こうと思っていたのは。
陰ながらに応援せずとも、直接応援できる機会はいくらでもありました。
恐らく同級生は私のことは覚えていないだろうから直接応援しない?
いや、そうではないのです。
SNSで連絡を取ったり、手紙を書いたり、方法はいくらでもとれます。
なぜ直接応援せず、親方に対して応援していることを伝えようと思っていたか。
同級生にとって私からの連絡が、過去の辛いことを思い出させるものであったらどうしようと考えたからです。
同級生は小学校2年生のときに引っ越して行きました。
引っ越す契機になったのは悲しく辛い出来事でした。
世の中の事象は悲しいことも受け止め方次第ではポジティブなものに変換できるものが多く、悲しいというのはあくまで主観でしかないのですが、主観でも、客観でも、おそらく悲しいと分類されるような出来事でした。
建て替え前の集会所に地域の大人や子どもが集まって、同級生が引っ越すことになったと報告する機会がありました。
板張りの部屋の端のほうに座っている同級生とその親族の姿をいまでもとても覚えています。
子どもたち用にと水色の2本の鉛筆を貰ったと記憶しているのですが、母は覚えていないようだったので私の記憶違いかもしれません。
この悲しく辛い時期であろうときにいた存在の私から、あのとき同じ小学校だったんだよ、応援しているよ、とお話しをしたとして。
悲しく辛いことを思い出させてしまうのではないだろうか。
大人になって、それを乗り越えている可能性も非常に高いですが、無いとは言えない。
だから、親方に手紙を書こうと思いました。
親方は指導者であり、寝食を共にする家族のような存在です。
当時の話は全くのタブーなのか、かつての同級生が応援しているよと言われることが活力になるのか。
同級生にとってどのような影響があって、どのような言い方が適しているのかという細かなグラデーションを把握しているかと思い、もし同級生に伝えても大丈夫そうなら応援していると伝えていただけないかと。
そして、弟子のことを応援してくれる人が増えるというのも、親方としてはとても喜ばしいことだろうと思います。
私は親方にも喜んでもらいたかったんだろうと思います。
テレビやラジオに解説で出られるのも楽しみにしてますとも、その手紙に書きたかった。
そうこうしているうちに、同級生は番付外になり、引退をしました。
彼が現役のときに直接応援できる機会を失ってしまいました。
そして、親方も亡くなってしまった。
親方に伝えたかった言葉たちが、とうとう伝えられなくなりました。
昔、錣山部屋に密着するというテレビ番組がありました。
同級生が観られるぞとわくわくしながら観たのを覚えています。
買い出し前に買うものをメモする同級生。おかみさんからファーストネームの愛称で呼ばれている同級生。
テレビ画面に映る同級生の姿は当時の面影そのままでした。
厳しくもとてもあたたかな環境で暮らし、毎日頑張っているんだなと、安心と励みになったことをとてもよく覚えています。
親方も、同級生も。
多くの方に応援されて、支えられて、私一人くらいの意見が伝えられなくとも十分に豊かだろうなと思えるので、伝えられなかことは伝えられなかったこととして置いておくのもきっとそれで良いのかなとも思える気持ちもあります。
ただ、私ならば応援されて嬉しいなと思ったり、活力になったします。
今の世の中は「良いな、素敵だな」というポジティブなものよりもネガティブな意見のほうが目立ちやすかったりします。
本当は圧倒的なポジティブが身の回りにあるのに、ごく一部のネガティブが支配をしようとするときがあります。
その目立つほうをポジティブなものに変換していきたい。
ポジティブなほうをより目立たせたい。
それを実現させるためには一人の力って結構大きい。
そして、一人でも多かったほうがきっと嬉しい。
ネガティブなものがなかったとしても、きっとより豊かになれる気がする。
だから、胸に秘めるのではなくて、応援している人には応援していると伝え、好きな人には好きと伝え、褒めるものは褒めたりして表に出して、推しは推せるときに推したほうが自分にも相手にもきっと良い。
主観だけでなく、相手の気持ちを考えながら謙虚にね。
正しい後悔をしながら、今後はポジティブなものを他人に渡せる機会を逃さないようにやっていきたいなと思うのです。
錣山親方のご冥福と、同級生の幸せを祈りながら。
お読みいただきましてありがとうございました。