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猿山の大将 田原総一朗

「テレ朝「朝生」出演の政治学者 田原総一朗氏と怒鳴り合い→批判続出も反論「闘う姿勢を放棄したら、何も話せない」」
(デイリー)


 2023年8月現在、日本の地上波メディアが行う報道に対し、一切の期待を持ってはならない。
 奴等は呼吸をする様に嘘を吐く。論説を交えたものなど論外、ストレートニュースでさえ都合の悪い話題は報道しないという為体。その様な地上波メディアの番組で行われる議論など、百害あって一利無しである。

 テレビ朝日という極左メディアの「朝まで生テレビ!」という番組であるが、これに出演している者の殆どは猿である。人語を話さずキーキー騒ぐだけなのだから、その様な認識で十分という事である。
 どだい、地上波メディアが言う言論空間はどれも似たり寄ったりである。如何に自分の言葉を単純化するかが焦点であり、後はそれをデカい声で叫ぶだけ。まともな説明が始まろうものなら即座に叫びながら割って入り、言葉を遮る。結果、単なる怒鳴り合いになり、中味スッカスカのデカい声大会と化す。

 今の(今に限らないが)地上波というのは、どれも左翼思想にベッタリと塗り潰されている。
 左翼というのは詐欺師の一形態である。詐欺というのは難解な説明で引っ掛ける場合もあれば、単純で耳障りの良い言葉で引っ掛ける場合もあるが、左翼は何方かというと後者に該当する。

 「命を守る」「権利を守る」「自由を守る」「環境を守る」「弱者を守る」「少数派を守る」 etc.

 例えば「人命」を錦の御旗に掲げ、戦争をそもそも出来ない様に武力増強そのものを禁忌とすれば、その様な活動は中国の様な極悪国家に歓迎される。
 同胞は中国による侵略の脅威に曝されるとしても、自分だけは中国から様々な恩恵を受けられる。
 「人命尊重」「戦争廃絶」という耳障りの良さげな言葉を前面に押し出して国防の重要性を真摯に訴える意見に叫びながら割って入り、単純化した言葉を只々大声で連呼する。
 言論空間という体になっている猿の集団において、まともな言論は叫び声に蹂躙されるのみである。

 「朝まで生テレビ!」は言論空間という体になっている様だが、その実態は田原総一郎氏を始めとした猿の軍団が、キーキー喚いてまともな言論を封殺するだけの茶番に過ぎない。


※補足①

 左翼は兎角、感情論を好む。
 単純で耳障りの良い言葉を当て嵌め、反論する意見があれば、その様な単純化した言葉を大声で絶叫して封殺する。
 左翼の言う「議論」は本当の意味の議論では無い。

※補足②

 保守の言論は論理的であり実際的であるが、時に複雑な説明を要する。
 特に昨今は左翼のプロパガンダが蔓延しており、大衆の多くが間違った価値観、考え方を植え付けられている。だから、保守主義者は自分の言葉を伝えようと思ったら、先ずはプロパガンダの破壊から始めねばならんという状況である。
 左翼はそこを突いてくる。
 「朝まで生テレビ!」の様な言論空間っぽい場を設け、説明しようとする保守派の意見を遮り、プロパガンダの破壊を阻止する。
 奴等詐欺師からすれば、単純化した耳障りの良い言葉を叫んでいれば良いだけだから、有利に展開するのは当然である。

※補足③

 日本には破棄すべき悪法が山の様に存在するが、その様な悪法の一つに「電波法」というのがある。
 その中の条文に、放送事業者は放送番組の編集に当たって「政治的に公平であること」を確保しなければならないという様な文言がある。
 だが、左翼的思想が詐欺と認識されない昨今において、「政治的に中立」という文言には注意しなければならない。特に、左翼が使用した場合は詐欺確定である。
 何しろ、詐欺師の嘘とまともな政治的主張を同立に扱えというのだから。

※補足④

 岩田温氏であるが、概ね間違った事は発信していないけれども、宗教論については再考願いたいところである。
 統一教会の教義に全く賛同できないとしながらも、政治家がソレを信じる行為を止められるものでは無いと言う。
 思想というものには、良いものもあれば悪しきものもある。宗教も同様である。
 良き宗教は正しき道徳を齎す一方で、悪しき宗教は道徳感を捻じ曲げて秩序を破壊する。イスラム社会の例を見れば明白であろう。
 信仰を制限せよという意味では無い。良き宗教を深く根付かせ、悪しき思想や宗教が蔓延し難い文化を築く事が肝要だという事である。

※補足⑤

 道徳が浸透した社会において、統一教会に染まった人間が議員として当選する事は無い筈だが、実際はその様な事が起きてしまっている。
 これを防ぐ為と称して宗教の存在そのものを貶めるのが左翼。
 これを防ぐ為には良き宗教を根付かせ、良き文化を築き上げ、道徳を浸透させる事こそが肝要と説くのが保守である。

※補足⑥

 左翼をして「革新」と言うが、随分と美化したものである。
 日本が連綿と築き上げてきた文化。それを否定し破壊する行為が「革新」とは、ちゃんちゃら可笑しい。
 道徳が浸透した社会を築く事は容易では無い。それは、文化の産物である。良き文化を長きにわたり連綿と紡いでこられたかどうか。それが問われるという事である。
 良き文化を否定し破壊する行為を美化したのが、「左翼を革新と呼称する行為」である。

※補足⑦

 道徳が浸透した社会において、細かな法や規制、政府による補助の多くは不要であるが、これらは左翼という名の詐欺師にとって生命線である。
 左翼が宗教という存在そのものを誤解させ、否定し、貶めようとするのは当然と言える。

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