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私は何を求めて小説を書くか?

私は初めて冒険ファンタジー長編小説を書き上げたとき、「やりきった。この世になかった物を存在せしめたぞ」と思った。
それは深夜、いや、未明と言ったらいいだろうか。
午前二時、あるいは三時のことだ。
長編なので何日もかけて書くのだが、結末を書き終えるとき、私は二連休の一日目の昼間から書き始めて、深夜まで書き抜いて脱稿する。
そのときは「これを書き終えたら死んでもいい」くらいに思っている。
創作とはなんであれ、この世になかった物を存在せしめることである。
しかも、それを陶酔感の中で書き終えるとき、ひとり、家族の寝静まった家でぬるい風呂に入るとき、私はもう人生の栄冠を手に入れたように感じている。
それを感じたのはまだ四作のみで、『空中都市アルカディア』『地下世界シャンバラ』『アトランティス世界』この三つはnoteに有料で公開している。そして、四作目、『アラビアン・アラジン』はたぶん明日か、明後日から、有料公開していく予定だ。
この四つで書くことの陶酔感を覚えた私は、小説が売れる売れないに関わらず、書くこと自体が目的になったような気がする。
そして、五作目、『海底2億マイルと3つの世界』を書き上げたときは陶酔感を味わうことはなかった。しかし、満足感はあった。恐らく、書き上げた時間帯や精神のコンディションが前作の四作と違ったのだと思う。この作品はメフィスト賞に応募してある。
そして、六作目、『ドラゴン魔城』を今推敲中である。これは日本ドラフト文学賞に応募しようと思っている。この作品は一応完結していて推敲中だが、果たして、完成したとき陶酔感を味わうことができるか、楽しみである。


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