【コント小説】ブラック校則を守れ!
男性教師牛島が中学教師になって一番やりがいを感じているのは、風紀検査だった。
二月のある朝、職員会議で教頭は言った。
「今日は抜き打ちの風紀検査を担任の先生方にはやっていただく。今日は女子生徒の下着の色を検査して頂きたい。わが校では下着の色は白と決められている。しかし、もし、白以外の下着を着けていたら厳しく指導するように。以上」
牛島の隣の席の彼と同期の男性教師高橋は牛島に小声で言った。
「先生のクラスは大変でしょう?なんと言っても学年一の美女で不良で有名な田中奈美がいますからね」
「高橋先生のクラスはいいですね。真面目な子ばかりで」
「そんなことはないですよ。この前なんか、ほら、あの竹田沙織、紫の下着を着けていたでしょう?」
「ああ、そんなことがありましたなぁ。まあ、大変なのはお互い様ですね。しかし、ここで私たち教師が頑張らねば、生徒たちが悪の道に進んでしまう可能性がある。しかも、もう二月です。私たち三年生のクラス担任はルールを守る良い子たちを卒業させていくという使命がありますからね」
「はい、お互い頑張りましょう」
牛島はクラスの朝の会に出るために職員室を出て三年四組の教室に向かった。
牛島がガラガラッとドアを開け教室に入ると、生徒たちは席に着き、牛島が教壇に上がった頃には日直が「起立!」と言って全員立っていた。
「礼!」
「おはようございます」
「着席!」
生徒たちが全員着席したのを見届けると、牛島は言った。
「おはよう。みんな。もうすぐ、おまえらも卒業だなぁ。しかし、この学校にいる限りはこの学校の生徒だ。この学校のルールは守らねばならない。そこで今日は抜き打ちの風紀検査を行う」
「ええ~、マジかよ~」
「もう卒業だからいいじゃんかよ~」
生徒たちは口々にぼやいた。
牛島は言った。
「今日は男子は免除だ。女子のみ風紀検査を行う。下着の色のチェックだ。もし白以外の下着を着ていたら厳しく罰するぞ。よし、女子は先生の前に一列に並べ。男子は自習をしていろ」
牛島は教室の前にある担任用の机の椅子に座った。その前に女子が並んだ。
「よし、最初は伊藤か。じゃあ、スカートをめくりパンツを見せなさい」
伊藤という生徒はスカートの前をめくりあげた。牛島はそれを覗き込む。
「よし、白だな。合格」
次の生徒は、太田と言った。
「よし、白、合格。次!」
次の生徒は川崎と言った。
「よし、合格。次!む?次は佐藤か。おまえは見せなくても合格だ」
佐藤と言われる女生徒は質問した。
「なんでですか?」
「おまえはブスだからだ。ブスは男から声を掛けられる心配はない。だからおまえが悪の道に進む可能性は限りなく低いのだ」
佐藤はぶつぶつ言いながら自分の席に戻った。
「次!田中奈美か。よし、スカートの前をめくりなさい」
「先生、なんで、こんなことするんですか?もうすぐ卒業なんだから誰がどんな色の下着を穿いてたって構わないと思うんですけど」
「なんだ、口答えする気か?もうすぐ卒業するからこそ詰めの風紀検査が必要なんだ。わが校から道に外れた者を出さないためだ。ほら、すぐに終わるからスカートをめくりなさい」
田中奈美はスカートの前をめくった。
牛島は唾をゴクリと飲んで覗いた。
「む?」
色は白かった。しかし!
「お尻のほうも見せなさい」
「え?なんでそんなことしなきゃならないんですか?」
「なんだ?先生にお尻を見せることのできないやましい理由でもあるのか?」
田中奈美はお尻を見せた。その白い下着はふんどしみたいに、お尻の割れ目だけを隠すものだった。
「田中―!」
牛島は一喝した。
「おまえ、中学生がそんなものを穿いて来ていいと思っているのか?」
「白ですよね」
「白でもダメだ。それはティバックというやつだろう?没収だ。すぐに脱いで先生に渡しなさい!」
「先生に渡したら、私は今日一日パンツなしで過ごすんですか?」
「むう、そうだな。隣のクラスの担任の裕子先生に借りればいい」
「じゃあ、裕子先生はパンツなしで過ごすんですか?」
「彼女は教師だ。生徒の犠牲になる覚悟はできているはずだ。とにかく、おまえはそのパンツを脱げ」
田中奈美はパンツをするするっと脱いで牛島に渡した。
「よし、これは先生が預かっておく」
そう言ってそのティバックのパンティをズボンのポケットに入れた。そして、教室を出て、隣の教室に行った。そこでは二十代の美人教師、岡島裕子先生が同じように風紀検査をしていた。
「裕子先生、見てください。うちのクラスにこんないやらしい下着を着けている子がいましたよ。私はすぐに没収しました。そしたら、彼女は『今日一日、パンツなしで過ごすんですか』などと言うのです。もしよろしかったら、パンツを脱いで彼女に一日貸してあげていただけませんか?」
「牛島先生、いいですよ。生徒のためなら、一肌も二肌もパンツも脱ぐくらい訳ないことです」
岡島裕子先生はスカートの中のパンツをするするっと脱いで牛島に渡した。真面目な白いショーツだった。
「さすが裕子先生だ。生徒のお手本となっている」
牛島はそのパンツを握り締め、自分の教室に戻った。
「みんな、見ろ。これが裕子先生のパンツだ。白くて節度があって、品格さえあるだろう。おまえたちもこういうのを見習うんだ。ほら、田中、これを穿け」
その白いパンツを牛島は田中奈美に渡した。田中奈美は大人しくそのパンツを穿いた。
その後、牛島が没収した白いティバックの行方はわからない。
翌年度、四月の初め、職員室で新しくやって来た校長が挨拶をした。
「この学校には風紀検査があるようですが、今年からそれをなしにします」
職員室中が騒めいた。風紀検査がなかったら、学校の風紀が乱れ子供たちが間違った道に進んでしまう恐れがある。職員の誰もがそう思った。牛島は言った。
「校長!生徒たちの風紀がどうなってもいいんですか?女生徒がいやらしい下着を着て来てもいいと言うんですか?いやらしい下着を取り上げるのが教師の務めではなかったのですか?」
校長は言う。
「生徒たちは自由の中で学ぶべきです。この学校には制服がありますね?それも来年からはなしにして私服にしようと思います」
牛島は言った。
「校長!あなたも教師でしょう?反抗期にある未熟な子供たちは矯正しつつ大人が守らねばなりません。その大人の代表が私たち教師ではありませんか?私たちが義務を怠ったら、子供たちの将来はどうなります?きっと、いやらしい下着を着けた女生徒が、不良の男子生徒とロクでもないことをするに決まっています」
「ロクでもないこととは?」
校長の眼がキラリと光った。
「そ、それは・・・」
牛島は答えることができなかった。
校長は言った。
「とにかく、風紀検査はなくします。以上」
その職員会議のあった日の夜、牛島は同期の高橋を連れて、居酒屋へ入った。
「まったく。今度来た校長はどうかしている。風紀検査をなくす?ありえない。絶対にありえない。中学教育の現場のことがあの校長はわかっていない」
牛島がビールをあおってそう言うと、高橋は頷いた。
「そうだよ、牛島先生。私たちで校長の気を変えさせましょう。私も風紀検査は必要だと思います。あれは教育の核ですよ」
高橋もビールジョッキを飲み干し、日本酒の熱燗を注文した。
ふたりは酔いながら教育を語った。
「生徒の自由に任す?それは教育の放棄でしょう?」
「そうだそうだ」
「あの校長は、理想ばかりで現実が見えていない!」
「そうだそうだ」
ふたりは深夜まで飲んだ。そして、店を出た。そこは繁華街の裏通りだ。
そこに十代の男女と思われるグループがたむろしていた。
そのグループを牛島はよく見た。と、驚いたことにその中に田中奈美の姿があった。
「田中奈美じゃないか!」
「先生!」
「なぜこんな遅い時間にこんな裏通りにいるんだ?しかも、そんな悪そうな奴らと。こっちに来なさい。なに?来たくない?先生の言うことが聞けないのか?」
牛島は田中奈美の手を引っ張った。
「ちょっと、やめてよ!」
田中奈美は抵抗した。牛島は言った。
「それになんだ?その化粧は?そのミニスカートは?どうせその下にいやらしいパンツを穿いているんだろう?見せなさい」
牛島は彼女のミニスカートをめくった。
「なにすんのよぉ」
「ああ、予想通りいやらしいのを穿いている。しかも黒。そんなもの脱ぎなさい!」
「おいこら、おっさん、奈美になにしてんだよ?」
グループの男の子たちが牛島を田中奈美から引き離した。牛島は男の子たちと喧嘩を始めた。それを見た高橋はその場を去り、警察を呼んだ。警察はすぐに来た。
「あ、おまわりさん」
牛島は男の子に殴られながら警察官に声を掛けた。
「不良どもがうちの元生徒を悪い方へと誘惑しているんです。そして、うちの元生徒は、いやらしい下着を着ています。私は教師の使命感に駆られ、彼女にその下着をすぐに脱いで渡すように言いました。そしたら抵抗し、不良どもが襲い掛かって来たんです」
こうして牛島は逮捕された。(了)