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【長編小説】『アトランティス世界』4

四、 大西洋上にて

 航海は順調に進んだ。大西洋をまっすぐ西に進んだ。天気は晴れていた。客であるガラパゴス博士とマイル少年はデッキに出されたテーブルに向かって着席し、ドギーコックによるパエリアを食べた。
「うむ、美味いよ。ドギー君。豪華客船のコックも夢ではない」
ガラパゴス博士はドギーを褒めた。ドギーは太った腹の前に手を組んでもじもじして照れた。
「褒めるのが上手いっすね、博士。でも、あっしは小さい船の方が性に合ってるんすよ。でかい船、あるいはレストランだと緊張してしまって・・・。それに、豪華客船のコックの方が格が上ってわけでもねえでしょうが・・・あっしはそう思いますね。あっしは博士のような人にそばで食べて美味いと言ってもらえることが嬉しいんでさあ」
マイル少年は言った。
「僕もこのパエリアは人生で最高のパエリアだと思いますよ」
ドギーはデレデレに照れた。
「マイル君も舌が上手いなぁ」
マイル少年はドギーに質問した。
「他に何が作れるんですか?世界中の料理が作れるんですか?」
ドギーは答えた。
「あっしは世界中を回っています。材料さえあれば何でも作れると思いますよ」
「じゃあ、明日の夕飯はカレーを作ってくださいよ。インド風のやつ」
「カレーっすか。インド風・・・お安い御用です」
 大西洋の西に太陽は沈んだ。ガラパゴス博士とマイル少年はベッドに横になった。マイル少年は眠れず、デッキに出た。そこにはジョン船長が立って夜空を見上げていた。ジョン船長は夜空を見上げたままマイル少年に話しかけた。
「綺麗だろ?星空が」
マイル少年は空を見上げた。満天の星空だった。
「うわー。すごいな。ロンドンではこんな星空は見られませんよね」
「うん。あれが北極星だ。あれが進行方向右にあればこの船は西に進んでいることになる。まあ、今では星を見るより人工衛星を使って緯度経度を調べることができるけどね。昔の航海士はみんな星を読んだんだ」
「星を読む?」
「うん、羅針盤ができるずっと前から築き上げてきた海の人々の知恵だ。科学者は巨人の肩の上に立っている」
「ガラパゴス博士の言葉ですか?」
「ニュートンだよ」
「なんだ、博士はニュートンの言葉を使っていたんですね」
「うん。科学というものはその中身だけでなく、科学の思想も受け継がれていくんだね。ま、僕は科学者じゃないけど」
「船長は船乗りになるのが夢だったんですか?」
「夢?」
「はい、子供のときに描く将来の夢」
「ああ、そういうことか。確かに僕は『宝島』とか海賊の出てくる冒険物語が好きだったな。でも、海賊になんてなれないだろ?実際問題。だから、僕は宇宙飛行士になりたかった」
「宇宙飛行士?」
「うん。もう海賊の時代じゃない。これからは宇宙じゃないか、違うかい?」
「ええ、そうですね」
「未知なるものに向かいたかった」
「・・・かった・・・?」
「でも、宇宙飛行士は本当に狭き門だと知った。それで諦めた。僕の能力ではとてもなれない」
「悔しかったですか?」
「いや、悔しくはなかったな。僕はすぐに頭を切り替えたからね。飛行機のパイロットになろうと思った」
「思った?」
「うん、だけど、すぐに気づいたんだ。僕は海が好きだってことに。空もいい。だが、こうして大洋の上でなんの遮蔽物もない星空を見上げることは狭い宇宙船の中から外を見るよりずっと贅沢なんじゃないかと思うんだ。ほら、流れ星」
「あ、」
マイル少年は空を見続けた。流れ星がいくつも流れた。
「こんなに夜空って綺麗なんですね?」
「うん、初めてかい?」
「はい、僕はほとんどロンドンから出たことがなかったので」
「そうか、ロンドンっ子か。僕はサウサンプトンの生まれだ。大学はロンドンだ。僕はロンドンで独り暮らしをしたが、あの町は物は豊かにあった。美術館も劇場もある。大英博物館もある。でも、僕の心は満たされなかったな。僕はサウサンプトンに戻り今の会社に就職したよ。あ、別に君の生まれたロンドンを否定しているわけじゃないんだよ」
マイル少年は笑った。
「わかってます」
「とにかく、都会には自然がないからね。便利なだけが文明じゃないと思うな」
「だから、飛行機よりも船を」
「いや、そんなに深く考えたわけじゃなかった。ただ、僕は船が好きなんだ。そうだね、金持ちがわざわざ飛行機ではなくクルーズを選ぶのも船の方が贅沢だからかもしれないね」
「僕は今、贅沢をしてるんですね?」
「かなりね」
ジョン船長は笑った。
「さ、寝るか」
ジョン船長は操舵室のハックに声を掛けてから、船室へ降りて行った。
 
 
 翌朝、ガラパゴス博士とマイル少年は朝食としてトーストに目玉焼き、サラダを食べ、ジュースを飲んだ。
 ガラパゴス博士はそのあと、デッキのパラソルの下で紅茶を飲みながら読書を始めた。マイル少年は失敗したと思った。この大西洋上では何もすることはなかった。本など持って来るべきだった。しかし、楽しいことはすぐに見つかった。
「クジラだ!」
言ったのは夜勤明けで仮眠から目を覚ましてきたハックだった。
「見ろ!あそこ!でかいぞ!」
操舵室のジョン船長は言った。
「マッコウクジラだ」
マイル少年はデッキの側面の手すりから身を乗り出して見た。ガラパゴス博士も本をテーブルに置き、慌てて見に来た。
「跳んだー」
クジラは海面上にジャンプした。大きな体が海を打った。
「すごいな」
マイル少年は満足だった。
 クジラはしばらく船について来て、そのうち海中に潜り、最後に尾びれを見せて姿を消した。
 その日の夕食はドギーがマイル少年に約束したとおり、インド風カレーだった。マイル少年もガラパゴス博士も満足した。
 日が落ちると、マイル少年はまた、デッキに出て星空を見上げた。そして、しばらく見つめ続けると寝室へ入って寝た。



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