見出し画像

【即興短編小説】現れた三銃士

僕は中学二年生で読書が好きだ。特に冒険小説が好きで、現在、お父さんの棚にあった『ダルタニャン物語』を読んでいる途中だ。『ダルタニャン物語』と言うと、あまり知られてないかもしれないけど、『三銃士』と言えばわかるだろうか?その『三銃士』とその続編を含む全体の物語を『ダルタニャン物語』と言う。僕のお父さんはそういう物語が大好きで、僕も幼い頃に『アニメ三銃士』をお父さんのDVDで見て、フランスの騎士の世界に憧れたものだ。今、その『アニメ三銃士』の原作、アレクサンドル・デュマの小説『ダルタニャン物語』を読んでいる。

 

 

 今日、僕は学校で嫌な思いをした。いや、嫌な思いをしているのは毎日のことだけど、今日のはひどかった。帰りに昇降口で靴を履こうとすると、足にチクッと何かが刺さった。見ると、僕の靴の中に画鋲が入っていた。靴の中に画鋲がある。どうやって入ったか?掲示物からポロリと落ちて、靴箱の上から二番目の棚にある僕の靴に入ったとはとても思えない。「また、あいつらだ」そう僕は思った。「あいつら」というのは、野球部のジャイヤンとホネオとその一味だ。あいつらは学業成績のいい僕に嫌がらせをするのだ。この前のテストもそうだった。僕はテスト用紙が配られ、筆入れから鉛筆を取り出すと、すべての鉛筆の芯が折られてあった。僕は教室の後ろの席を見た。ジャイヤンとホネオがニヤニヤ笑っていた。その日の放課後もそうだった。僕が下校しようと教室の外に出ると、学年一のブス、育子いくこが待っていた。彼女は言った。

「ノビオ君、ごめんなさい。あなたの気持ちは嬉しいけど、私は他に好きな人がいるの。だからあなたの気持ちには応えられないわ。でも友達としてなら仲良くしてもいいと思っているわ」

僕はなんのことだかまったくわからず呆然と突っ立っていたが、そこへジャイヤン、ホネオの一味が取り囲んで、「よ、ノビオ君、おめでとう!」「学年一の美女、部佐育子ちゃんと友達になれました!」「しかし、彼氏にはなれませんでした」「フラれても、めげるな。ノビオ君!」

あとから聞いてわかったけど、部佐育子は僕からのラブレターを読んで僕にあんなことを言ったのだった。もちろんそのラブレターは僕が書いた物ではなく、ジャイヤンたちがいたずらで書いた物だった。

 僕はあいつらのせいで学校が嫌いだった。

 でも家に帰れば、お父さんの書棚に、面白い小説がたくさんある。

 ユゴー『レ・ミゼラブル』。セルバンテス『ドン・キホーテ』。ジュール・ベルヌ『海底二万マイル』。ホメロス『イリアス』『オデュッセイア』。シェイクスピアの戯曲。まだ書き連ねればキリがないたくさんの本があった。ここに挙げたものは好きな方の物語だ。そして、今、アレクサンドル・デュマ『ダルタニャン物語』を読んでいる。

 僕は自分の部屋で夢中でその小説を読んでいた。すると、部屋のどこかから男の声が聞こえてきた。

「しかし、なにかね?学校が嫌で、つまり世界が嫌で、君は我らの物語を読んでいるのかね?」

 僕は怖くなって、本の上に覆い被さるようにして、辺りをキョロキョロ見回した。

「ここだよ、ここ。君の下の本の中だよ」

「え?」

僕は仰け反って本を見た。

 すると本の中から手袋をはめた腕がヌッと出てきた。そして、鳥の羽がついた青色の帽子が出て来た。次に顔が現れた。五十代と見られる口ひげを生やした西洋人男性、これは僕の知っている男のような気がした。

 男は完全に本の中から体を引き抜いた。

 そして、机から飛び降りて辺りを見回した。

「やれやれ、君はこんな狭い部屋で、読書なんぞしているのかね?外はまだ日が暮れていない、晴れたいい天気じゃないか?君は十三か四だろう?その歳で読書に晴天を犠牲にするのはちと惜しいぞ」

「お、おまえはいったい・・・?」

「ああ、申し遅れました。フランス・ルイ十四世の銃士隊副隊長、ダルタニャンと申します」

「本の中から出てきたのか?」

「そうです。しかし、この部屋はなんだ?狭いね。もう一度言うが、君はこんな狭い世界で人生のいちばん華やかな時を費やしてしまうのかね?」

「だ、だって、外に遊びに行っても、ジャイヤンとかがいじめるんだ」

「ジャイヤン?誰だ、それは?」

「僕をいじめる、野球部のキャプテンだ」

「野球部、ふむ、スポーツだな。ジャイヤンがおまえをいじめると?」

「うん。その子分のホネオたちもグルになって僕をいじめるんだ」

「つまり、おまえにとって敵だな?」

「て、敵?・・・うん、まあそうだ」

「では、殺してこよう」

ダルタニャンは、バッと僕の部屋の窓から飛び出した。

「アトス、ポルトス、アラミス、敵はジャイヤン、ホネオ、その一味だ!」

「おう!」

僕は腰を抜かした。本の中から三人の騎士が飛び出してきたのだ。三銃士だった。

 彼らも、窓から外へ飛び出した。僕の部屋は一戸建ての二階にあり、外には瓦屋根がある。

 見るとダルタニャンは屋根から飛び降り、愛馬に跨がって、アスファルトの道路を駆けて行くところだった。

 僕は驚いた。

「なんで、こんな住宅地に馬が?」

アトス、ポルトス、アラミスも屋根から飛び降り、馬に跨がって走って行った。

 僕は彼らに呼びかけた。

「君たち、どこへ行くんだ?」

大柄なポルトスが振り返って言った。

「あなたの敵を殺しに!」

「敵?ジャイヤンやホネオか?」

アラミスは言う。

「奴らを殺せば、あなたは自由だ!」

僕は止めた。

「待ってくれ、殺すって、そこまでしなくても」

アトスは言う。

「敵なのだろう?敵は殺すべきだ」

ダルタニャンはもう遠くの角を曲がって見えなくなっていた。三銃士もあとを追いかけて消えた。

「まずい、ジャイヤンとホネオが殺される!」

僕はジャイヤンの携帯に電話を掛けた。しかし、出なかった。

「まずい、ジャイヤンたちは今、部活動の野球をしているんだ!」

僕は家を出て急いで学校に行こうと思った。しかし、三銃士たちは馬で行ったのだ、追いつけない。僕は学校に電話をした。

「あ、先生、二年二組のノビオです。今、三銃士たちが学校へ向かっています。野球部のジャイヤンとホネオたちを殺す気です!彼らに逃げるよう言ってください!」

「は、ノビオ君、君は物語の読み過ぎで頭がおかしくなったのではないか?」

「違うんです。本当に三銃士が馬で学校に向かっているんです。ジャイヤンたちを殺す気です」

「ノビオ君。君がいじめられていることは、先生も聞いている。いじめはあってはならない。しかしだ。いじめっ子を殺すというのは平穏でない」

「僕が殺すんじゃない!三銃士が殺すんだ!」

「ノビオ君、明日は精神科を受診しなさい。君は勉強といじめで疲れているんだ。なに、今の世の中、精神科に掛かることくらい普通のことだよ。風邪くらいの気持ちで行ってみなさい」

ダメだ。先生は取り合ってくれない。僕は電話を切って、ジャイヤンの自宅の固定電話に電話した。

「あ、ジャイヤンのお母さんですか?僕はノビオです」

「あら、ノビオ君、どうしたの?」

「今、学校でジャイヤンたちが三銃士に殺されそうになっています」

「あっはっは、さすがノビオ君、想像力が豊かね。将来は小説家になれるよ」

僕は気づいた。ジャイヤンのお母さんに電話したところでなんになる?そうだ、警察だ。警察に電話しよう。

 僕は110に電話した。

「すみません。今、中学校で殺人事件が起きようとしています」

「え?どういうことだい?」

「三銃士が本の中から出てきて、僕をいじめるジャイヤンやホネオたちを殺しに行きました」

「君、名前は?」

野火のびノビオです」

「わかりました。この件はこちらで預からせていただきます」

電話は切られた。

「え?それだけ?三銃士が、いじめっ子とは言え、僕の幼馴染みを殺しに行っているのに、警察は動いてくれない!そんなことって・・・」

しばらくして、ダルタニャンと三銃士は帰ってきた。行きと逆のコースで、屋根に攀じ登って、窓から僕の部屋の中へ入ってきた。

 ダルタニャンは言う。

「僕らの友、ノビオ君の敵はすべて殺してきたよ」

アトスは言う。

「ノビオ君、明日からは学校が楽しい場所になるぞ」

ポルトスは言う。

「よかったな」

アラミスは言う。

「では、我々はこの辺で」

ダルタニャンと三銃士は次々と本の中に戻って行った。

 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。お母さんが出た。

 お母さんは悲鳴を上げ、そのあと、ドカドカと階段を上がってくる音が聞こえた。

 僕の部屋に警察官が複数入って来た。

「野火ノビオ君、殺人の容疑で逮捕する」

「え?僕は何もしていない!」

「君はジャイヤンたちが殺される前、電話で三銃士が殺しに行くと言っていた。なぜ、事件前に君はその情報を得たのか?あの事件の前に三銃士について情報を持っていたのは君だけだ。君には三銃士について聞きたいことが山ほどあるのだ。詳しくは署で聞こう」

あとで聞いた話。野球部のジャイヤン、ホネオをはじめ、ジャイヤンの仲間たちは三銃士たちに惨殺され、学校は阿鼻叫喚の地獄と化していたという。

 

 

 僕は精神科病院の病室で窓の外を眺めていた。

 死んだジャイヤンやホネオたちのことを考えていた。

 彼らはいじめっ子だったが、小学生の頃、外で遊び回った思い出があるのは、彼らのおかげだ。彼らがいなければ、僕は野球もしたことがなかったし、公園でかくれんぼや鬼ごっこをしたり地元の川で水遊びをしたこともなかったと思う。

 僕は泣いていた。

 あれから、もう『ダルタニャン物語』は読んでいない。

 敵、死、友情。僕には何もわからなくなっていた。

                                    (了)

いいなと思ったら応援しよう!