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【即興短編小説】魔界への旅立ち

 しょういちは、学校の四階の教室から窓の外を眺めていた。
「俺はいったいどんな大人になりたいのだろう。こんな授業聴いていて意味があるのか?」
黒板の前では、退職間近の禿げた男性教師が、はくの詩を解説している。
「ああ、退屈だ」
 
 下校時、翔一は友達数人と一緒に歩いていた。住宅地と田んぼの混在する田舎の道である。
 翔一は目を見張った。
 正面に見える新しくできたタワーマンションの向こうの空に、まるでブラックホールのような穴が開いているのだ。
 友達の健二けんじが、体当たりしてきた。翔一はよろけて地面に膝をついた。
健二は笑った。
「ははは、翔一、弱いぞ!」
ゆう泰斗たいとも笑った。
翔一は彼らの顔を見て言った。
「おまえら、あれが見えないのか?」
「え?何が?」
「何がって、あれだよ」
翔一は空を指さして、自分もそちらを見た。
 しかし、空には何もなかった。ただ曇り空があるだけである。
 泰斗は言う。
「空に何かあるのか?あ、わかった、あのタワーマンションに住む女の下着だろう?」
健二と雄馬は笑った。
「翔一、いやらしいぞ」
翔一は言う。
「違う、確かにあった」
「何が?」
翔一は空を見て、自分が幻を見たのかと疑うしかなかった。
 家に帰ると、翔一の携帯に電話があった。げん太郎たろうからだった。
「おう、翔一、すぐにいつもの場所に来いよ。あれを持って来いよ」
「あ、ああ、わかった」
翔一は、自分の部屋を抜け出し、誰もいない両親の寝室に入った。そして、タンスの引き出しを開け、母親の財布から一万円札を一枚抜き出し、自分の財布に入れると、部屋を出て、階段を降り、玄関で靴を履いた。
「遊びに行ってくるよ」
居間にいる母親は言った。
「夕飯までには帰るのよ」
「うん」
翔一は、自転車に乗ってゲームセンターに行った。そこには大柄な源太郎と、光男みつおらいがいた。
源太郎は翔一から一万円受け取ると、
「じゃあ遊ぼうぜー」
と言ってゲームセンターに入っていった。
 来城は言う。
「しかし、持つべきものは友達だよな。気前のいい翔一が友達で本当に毎日が楽しいよ」
光男が言う。
「ああ、俺、コインゲームやるから、二千円くれよ、源ちゃん」
源太郎は言う。
「千円にしとけ」
光男は言う。
「でも、源ちゃんいつも格闘ゲームで、強いから百円か二百円で足りるじゃんか」
源太郎は言う。
「おまえなぁ、忘れたのかよ。俺たちは貯金をしてるんだぜ。おまえ、満里奈まりなちゃんとやりたくねえのかよ」
「や、やりてえよ」
「じゃあ、節約だな。おい、もちろん出資者の翔一にも満里奈ちゃんを回すぜ」
翔一はニヤリと薄ら笑いを浮かべて言った。
「あ、ああ、楽しみだな」
 
 ゲームセンターからの帰り道、日暮れの国道を翔一は独り自転車で走っていた。すると西の空にまたあの黒い穴が開いていた。
 翔一は自転車を止めてそれを見た。
 すると、すぐ横にいつの間にか、美しい少女が立っていた。翔一はその少女を見て驚いた。まるでゲームの世界に出てくる戦士みたいな服装をしているのだ。手には槍まで持っている。
 少女は言った。
「おまえはあの穴と私が見えるんだな?」
「だ、誰だ?おまえは?」
「私は天の国から使わされた聖戦士セツナ」
「セツナ・・・?」
「おまえは、この現実界の選ばれし戦士だ」
「え?何を言ってるんだ?」
「見ろ、あの空の穴を。あれは魔界へ通じる穴だ。悪魔どもがこの世界に侵入してきている。だから、あの穴を塞ぎ、悪魔どもを倒さねばこの世界は大変なことになる」
「お、俺に、どうしろって言うんだ?」
「簡単なことだ。私と六人の仲間と協力し、魔界へ行きそこに住む魔王を倒すんだ。魔王が死ねば、魔界は消滅する」
「でも、俺なんか、戦えないぞ」
「言わなかったか?おまえは選ばれし七戦士のひとりだ」
「七戦士?なんのことだ?」
「明日の午前、迎えに行く。それまでに心の準備をしておけ。世界を救うか、戦わずに魔界に飲まれるに任せるか。よく考えておけ」
そう言うとセツナという美少女は空に飛び上がり、パッと姿を消してしまった。
 翔一は目を擦った。そして、空を見た。まだ、魔界の穴はあった。
 翔一は呟いた。
「これは、夢じゃない・・・」
 翔一はその晩、眠れなかった。
「世界を救うか、戦わずに魔界に飲まれるに任せるか・・・?戦えば死ぬかもしれない。でも戦わなければこの世界が魔界に飲まれて、結局死ぬことになるだろう。もう答えは決まっているじゃないか」
 夜は明けた。
 翔一は学校に行った。仲良しの健二と泰斗と雄馬と並んで歩いた。そこに源太郎が現れた。
「おはよう、翔一君」
そう言って、源太郎は、翔一の耳元で囁いた。
「今日の放課後、満里奈ちゃんを回すぞ。体育館裏に来い」
源太郎は離れていった。
健二は言った。
「翔一は源太郎と仲がいいのか?」
「う、うん、いいと思う」
翔一はうっすらと笑いを浮かべた。
 
 三時間目の授業。また、禿げが漢詩を読んでいる。窓際の翔一は外を見ていた。遠くには魔界への入り口が昨日より大きな口を開けている。
 すると、窓の上から、少女の足が現れた。セツナが、空中を降りてきたのだ。
 セツナは窓の外の空中に止まった。
「翔一、覚悟は決まったか?行くぞ」
翔一は囁くような声で言った。
「え?今か?」
翔一は授業中の教室を振り返った。他の誰もセツナの姿に気がついていない。
セツナは言う。
「窓を開けてこっちに来い」
「来いって、ここは四階だぞ」
「おまえは飛べる」
「飛べるって・・・無茶な」
「飛べると信じることが大事だ。疑えば落ちる。信じれば飛べる」
翔一は迷った。そして思った。
「そうだ、こんな、つまらねえ授業を受けているより世界のために魔王と戦った方がどれだけ面白いか。そうだ、俺は世界を救う勇者になるんだ」
翔一は立ち上がった。
 その椅子の音に教室中の視線が翔一に集まった。
 翔一は窓を開けた。
セツナは言う。
「さあ、こっちへ」
翔一は足を窓枠にかけた。下を見ると、はるか下にコンクリートの駐車場が見える。
 翔一はセツナの眼を見る。
「本当に飛べるのか?」
セツナは手を差し伸べた。
「私を信じて」
翔一は窓の外へ出て、セツナの手を握った。
教室内は騒然としている。
 セツナは言う。
「さあ、行こう。魔界へ。世界を救うために」
「ああ、行こう。冒険の旅へ」
翔一は、空中へ足を踏み出した。何もないはずの空中に足場のようなものを感じた。翔一はそのまま空中を駆け上がった。
「すげえ、俺、空中を歩いてる!」
後ろを振り返ると、教室内では同級生たちが騒いでいる。
 セツナは言う。
「最初は空中を歩くみたいに飛ぶんだけど、慣れてくると私のように自由に飛べるわ」
「あ、ああ、わかった」
セツナは腰に着けていた剣を翔一に渡した。
「はい、これがあなたの武器」
翔一は空中で剣を受け取った。
「これが、俺の武器・・・」
「よし、今から他の六戦士を探しに行こう。そして、七人が揃ったら、いよいよ、魔界へ行くんだ」
「ああ、わかった」
セツナと翔一は空高く飛んでいった。
 
 その頃、学校では大騒ぎになっていた。
 校舎下の駐車場のコンクリートに潰れた手血まみれの翔一の体を多くの生徒が取り囲んでいた。先生たちは生徒たちが近寄らないように翔一の周囲を囲っていた。保健室の先生が翔一の脈を取っていたがすでに死んでいた。
 そのうち、救急車とパトカーが学校に来た。野次馬たちは駐車場から追い出され、翔一の死体はブルーシートで隠されて救急車に乗せられた。
「ニュースファイブのお時間です。今日、午前十一時頃、県内○○市○○中学校の校舎四階から、男子生徒が飛び降りて死亡しました。状況から自殺と見られています。遺書などは見つかっていないとのことです。では現場と中継が繋がっています。現場の田中さん?」
「はい、現場です。ここは○○中学校の校舎下にある駐車場です。ご覧のように、コンクリートで何もない駐車場です。まだ、血の痕が、生々しく残っていました」
「同級生などの声はどうですか?」
「え?あ、はい。同級生はですね。亡くなった生徒は大人しくて真面目な生徒だったと言っていました。まさか、このような奇行に出るとは夢にも思わなかったそうです」
「学校は何かコメントを発表していますか?」
「はい、今夜、緊急に保護者を集めて今後のことを説明する予定だそうです」
「ありがとうございました。現場から、田中アナがお送りしました。いや~ゲストのしんさん、また痛ましい事件が起きてしまいました」
「そうですね。若者の自殺は政府が取り組むべき喫緊の課題です。現在はSNSの広まりもあり、さらにこのようなあってはならないことが起きやすい状況になっています。私たち大人の責任でもありますね」
「はい、若者の自殺を無くすために私たちは何をすればいいのかよく考えていかなければなりません・・・さて、次のニュースです。(笑顔になり)また、この人がやってくれました」
「メジャーリーグですね?」
「はい、今日も驚かせてくれましたよ~」
                                  (了)

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