【短編小説】F
信号待ちの車列をすり抜けて先頭で待つなんざ間抜けがやる事だ。
俺たちは違う。
交差道路だとか横断歩道の信号を見ながらタイミングを見計らう。そして一気にアクセルを開く。
白煙と唸り声を上げて走り出す単車が一気に車列を躱す。先頭でモタモタとセル始動から始まるボンクラをサイドミラーのシミにする。
同じように勢いよく飛び出した数台のバイク達が先を争うように走る。
遅いマヌケは左に寄ってろ。
風を切るヘルメットの中で笑う。その瞬間に【F】が表示される。
「ちくしょう!Fだ!」
左右を見回して、やらかしたアホウを見つけようとする。だがアホウを見つけるより早く、俺たちは気がつけば車列の真ん中に戻されていた。
少なくとも俺は適正なタイミングだったはずだ。
どのボンクラだ?
俺は車列を縫い進みながら並行して走る他の車線を見回す。それぞれの車列を縫う数台のバイク。旧車から新車まで種類もライダーも様々だ。
俺は慎重にクラッチとアクセスを操作しながら速度を調整する。
交差道路の信号を見る。黄色から赤へ。心の中で三秒数える。アクセスを吹かしてクラッチを繋ぐ。俺の旧車は勢いよく走り出し、青に変わった信号の下を通過する。
「ちくしょう!またFかよ!」
俺はヘルメットの中で絶叫する。
数台のバイクと車が再び停止線に戻される。舌打ちと怒号。クラクションを鳴らす奴もいる。
「バイクのカス野郎!いい加減にしろ!」
「うるせぇ!俺じゃねぇのは見てただろ!」
自動送還停止線装置──フライング防止だとか停止線を越えた車両の多さに開発された警視庁のクソ兵器。
交通妨害も甚だしい。こんなものがあるから余計にみんな”やる”しかねぇのだ。
俺は先程まで見ていた交差道路の右方向を見ることをやめた。少なくともそちらには、やからしたマヌケはいなかった。
俺は三度、慎重にクラッチとアクセスを操作しながら速度を調整する。
交差道路左の信号を見る。黄色から赤へ。心の中で三秒数える。アクセスを吹かしてクラッチを繋ぐ。俺の旧車は勢いよく走り出し、青に変わった信号の下を通過する。
「あのクソ野郎だ!」
【F】が確定して戻される。だが見つけた、あのウィリー野郎だ。
戻された車列の隙間から、今度は先頭まで出る。そして先頭車両の窓を叩いて
「あそこのアメリカンバイク野郎がイキってウィリーしてるが、あのクソ野郎がフライングしてるんだ」
と伝えた。
俺の指摘は伝言ゲームで数車線を行く。
俺はその伝言が届くのを見ていた。
アメリカンバイク野郎がこちらを見る。
俺は中指を立てる。
アメリカンバイク野郎はライダースジャケットをはだけで乳房を晒す。
白く、豊満な乳房が細い肋骨の上で光輝いていた。
「ちっ……野郎じゃねぇなら仕方ねえな……」
同じようなため息が俺の左車線を埋め尽くした。バイクが前屈みで乗るもので助かった。