父の彼氏

前々から考えていた、眞実耶の出生の事情と巳の日の儀式についてです。どう見てもティーンの子が25年前に死んだ恋人の娘とか言ってきたら焦りますよね…

今めっちゃ眠いので、体裁は明日以降に整えます。
ねむい。お楽しみに。

父の彼氏

 眞実耶ちゃんは、「父の恋人だった紅は、今飲食店を営んでいるらしい」と言った。愚かな先入観を持つ僕は、バーか何かを経営するママだと思ってしまっていた。だから、なかなかそのお店を発見することができなかった。
 諏訪町中のバーはさすがに回れなかったが、それでも歩き疲れるほどには店を訪問した。
 少し発想を変えよう、と僕は提案した。眞実耶ちゃんはうなずいてくれた。
 諏訪町は学生街だ。チェーン店でないカフェも多い。そこをしらみつぶしに当たってみることにしたのだ。
 駅前、大通りを回り、ダメ元で裏通りに入る。住宅街の真ん中に、隠れ家のようなカフェがいくつかあることを、僕は知っていた。
 三軒目だった。ドアのガラス窓には、『FACT ELECTRO』と書かれていた。ファクト・エレクトロ。上野の師匠の許で日常会話程度の英語を叩き込まれた僕にも、意味を測りづらい。
 とにかく、眞実耶ちゃんの依頼を果たさねばならない。ドアを開ければ、ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの内側の男は、年齢不詳だった。肌は若々しく、前髪を長めに撮ったツーブロックの髪は金に近い茶褐色で、抜け毛の心配とは無縁に見える。顔の彫りは深く、外国人の血が入っているのかもしれない。
  しかし、その鳶色の瞳には不思議な諦念がある。この世の何もかもを諦めているかのような。生きる目標を失ってしまっているかのような。
 どちらにせよ、外れだ。僕は定型の質問をしようとした。
「あの、僕たち人を探していて…飲食店を営んでる紅という人を……」
「俺も紅って名前よ。でも、君に探される筋合いはないと思うけどな」
 男の言葉に、僕は頭を殴られた思いがした。そんな僕に構わず、
「紅さん、ですか?」
 眞実耶ちゃんはおずおずと訊ねた。しかし男には、その声も聞こえていないようだった。
「……まこ、と?」
 幽霊を見るような目で眞実耶ちゃんを見る。
 僕は僕で驚いていた。『父の恋人』と聞いて、何の疑問もなく紅という人は女性だと思い込んでいた。名前も、どちらかというと女性らしい。
 しかし、先入観のフィルターをかけて世界を見ては、決して真実にたどり着けない。師匠の言葉が胸に蘇る。
 反省する僕を横に置いて、紅と名乗った男と眞実耶ちゃんは見つめ合っている。
「はい、わたしは迦具土眞実耶と言います。迦具土眞言は、わたしの父です」
 眞実耶ちゃんの言葉に、紅は一瞬顔色を白くした。その反応をいぶかっていると、今度は茹でた甲殻類のように耳までを赤くする。
「……そんなことは、ありえない!」
 言葉が強い。紅という人は、恋人だった眞実耶ちゃんの父が浮気なりして他の女性との間に子をなしたことを、受け容れられないのだろうか。確かに恋は人を愚かにするから、そんな風に考えてしまってもおかしくない。
 しかし僕はつくづく先入観に目を閉ざされていた。紅は震える声で眞実耶ちゃんに問いかけた。
「眞実耶って言ったね。君はいくつだ?」
「十七です」
「だから、ありえないんだ。眞言が死んだのは二十五年前だ!」
 僕は紅の言葉に、指を折って年数を数える。父の眞言が死んでから、眞実耶ちゃんが生まれるまで、八年の時間が経っている。子が生まれる前に父が不慮の事故等で死亡し、残された母が出産することはあるが、さすがに八年は時が経ちすぎている。
 ならば、この眞実耶ちゃんが嘘をついているのだろうか。僕の前では真面目に話してくれていたが、特にこの年頃の少女には二面性があっても不思議ではない。
 僕の考えをよそに、眞実耶ちゃんは紅に答える。
「おかしいって言うのはわかります。不自然だし……でも、信じてください。わたし、凍結受精卵から生まれたんです」
「……あの家は、どこまで眞言を貶めれば気が済むんだ……」
 僕には眞実耶ちゃんの言葉はずいぶんと荒唐無稽に聞こえたが、紅はそれを信じたようだ。ああ見えて虚言に弱いのか、それともその言葉を真実と受け止め得るような何かを知っているのか。
「――うん、そうか。君、眞言に生き写しだね」
 眞実耶ちゃんに愛おしげな視線を向ける紅だが、やがて何かを思い出したように大きな目を限界まで開けた。美麗な顔に手を当てて、言いづらそうな声音で訊く。
「もし言いたくないのなら言わなくていい。君は『巳の日の儀式』を知ってる?」
 わけのわからない。僕はぽかんとして紅の顔を見る。紅と眞実耶ちゃんにだけ理解できる秘密の暗号なのか……だが、二人はつい今しがた顔をあわせたばかりだ。
 なら何だろう。
 眞実耶ちゃんは紅の言葉に応えなかった。ただ口に手を当て、頬を真っ赤に染めている。
「なんで、それを……」
「あのくそじじい!!」
 紅の叫びに、空気が揺れる。意味はまったくわからないが、とにかく何か不穏な空気になってきた。
「あのじいやが薬を飲ませる?」
 眞実耶ちゃんは、掌で口を抑えながらうなずいた。
 紅の鳶色の瞳に、静かな怒りが宿った。
「やっぱりあのじじい、殺すんだった。眞言を冒涜して、眞言の娘にも儀式をさせて……」
 強い感情についていけない。
 
 (続く)

いただいたサポートをガチャに費やすことはしません。自分の血肉にするよう約束いたします。