ダニから始まる北欧生活
意気揚々とアパートに入った私を数時間後に襲ったのは原因不明の瘙痒感。
もしかしてコレ……このスカした北欧風ソファ……まさか……
私はソファのクッションを全て剥き出し,それを見た。
大量のホコリとゴミと……彼。
🐛「hej hej!」
「……オゥ……」
私は心を無にして備え付きの掃除機でそれらを吸い尽くし,おもむろにドライヤーを持ち出した。Panasonic,キミに決めた。灼き尽くせ。ダニ共を……
(※注:ドライヤーでは有効なダニ駆除ができず推奨されません。後述)
住宅難と Guest Researcher 物件
時を遡り,まず私がどのように住宅を確保したのかお話したい。当地は深刻な住宅難で,物件の自力確保は基本的にほぼ不可能である。そこで大学内の専門部署が学生や guest researcher に対し大学借上げのアパートを斡旋してくれることになっている。価格は正直全然安くないが,貸主によっては「特定の学部であれば長期の貸与可」など特典をつけてくれる。立地も良い。
しかし留学前の住宅決めの問題は,内見ができないということである。これは北欧に限らず海外留学生の多くに共通する課題であると思う。
「一部の写真と基本スペック情報のみで決定しなければならない」ということは,スモスモスーモ🦠の360度内見カメラなど便利システムに甘やかされ散らかした日本人には相当なストレスである。せめて全部の部屋の詳細な写真があれば納得できるが,なぜか1-2部屋の写真のみネットで小出しにしているという隠匿具合。全くもって全貌が見えてこない。メールで「キッチンの写真送って」と言ってもキッチン全貌でなく一角しか送って来ないなど,非常に大味な仕事しかしてくれない。それとも何か?見せたらまずいものでもあるのか?
あまりくどくメールのやり取りをするのもいやらしいし何より返事が遅すぎて話が前進しないため根掘り葉掘り聞くこともできない。この点は非常にストレスフルであった。
とはいえ色々とタイミングを調整すれば,渡航前に物件を押さえて行けるという点は安心感がある。家賃の日割りはできず「事前にお金を出して押さえておく」しかなかったため確保料を毟り取られてしまったが,それでも現地に入ってから住居が決まらないよりは遥かにマシであった。しかも full furnished であり入居即生活開始可能な点がグッド。ーーと,当時は思っていた。
夏は皆,仕事したくないらしい
私にとって第一の計算違いであったのは,夏休みの現地人の休みっぷりであった。夏に渡航したため人員がほとんどおらず,予約していた key collection でも人の気配がない。結果,謎の小部屋の前で何度もインターホンを連打する羽目になった。いやアポ取ってましたよね?
その後ようやく現れたガタイの良い金髪のアンちゃんに通された薄暗い小部屋でも鍵を「あいよ」と渡されただけ,まともな説明はなかった。「まあその紙に書いてあるから見ておいて」……っていやいやそんなに詳しく書いてもないですよねこれ。
ゴミの出し方や洗濯について色々質問するも「この物件はボクの専門じゃないからあんまりわからないんだ〜」とユルい答え。ここが日本なら人格破壊されるまで顧客に詰められるだろう。
「カードキーでぴってすれば大丈夫だから!多分ココにゴミ置き場があるよ。入り口は・・・この辺から入れるんじゃない?」
常に語尾に「知らんけど」がある気がする。そして本当に何も知らなそうだし,あまり悪びれてもいなさそう。夏休みだからなのか?貴重な夏に仕事増やしに来た人間に人権はないということか?
ともかく鍵は回収したので入寮するほかない。
そこから20分程度歩いて寮に辿り着き,工事中でわけわからなくなっている道をすり抜けて部屋の前へ。…しかしそこでもまた問題が発生した。カギを開けようとするも開かない。
What the hell… ???
割愛するがその後も再度寮担当に連絡を取ったり再度担当者のところまで徒歩で戻ったりと地獄の紆余曲折を経た。最終的には車で送り届けてもらい,ようやく2時間後に入居できたと思ったら…冒頭の仕打ちである。
部屋は一見綺麗である。我々ホビットからすると天井も著しく高い。そしてぱっと見,清潔そうに見える。しかし……かゆい。
第二の計算違いであった。
海外の家具備え付け物件にはこういうリスクがある。
家具付き物件のリスク…害虫
前の入居者の私物が棚の中に残されていることなどから拝察するに,表面上の清掃しか行っていないことは明白であった。ベッドにも明らかに前の住人のシーツがそのままかかっておりシワシワになっている。
言うまでもなく私は害虫が嫌いだ。人類皆きっとそうである。絶対に遭遇したくない。出てこないでくれ…と願いながらもソファのマット裏,ベッドのマット裏を調べざるを得なかった。史上最低の気分で。
出てきたのは明らかな食べかす,掃除されていない大量の埃,そして……この白い粒々はなんだ?そしてソファから出てきた🐛……君の名は?
私は考えるのをやめた。
そして掃除機をかけた。
カーペットは丸めて倉庫部屋にぶち込んだ。ソファの裏はすべて掃除し,その上でマットレスの表面はドライヤーをかけた。しかしドライヤーは非常に狭い範囲しか使えないため1マットレスの布団乾燥に30分はかかる。そのうえマットレス自体にも負担をかけ適切な方法ではない。これはあくまで応急措置である。しかし部屋に洗濯機も乾燥機もなく予約制であるため,今晩眠るまではまずそうして日を越すしかなかった。そして,明かりをつけっぱなしで眠る……(ダニは夜行性であるため明るいと被害が小さく済みやすい,らしい)
それでも翌朝には明らかに虫刺症を疑う膨疹や血マメ状の何かが体幹に複数……
こうして翌朝から,私の盛大な掃除クエストが幕を開けたのであった。
*むろん寮の担当者にはめちゃくちゃに抗議した。
*今思えば当日にショッピングモールで寝具類を一式購入しておくべきであった。猛省……。
掃除・洗濯というデイリークエスト
以後,私は1コマずつしか予約できないというアパート地下の貧弱なランドリーシステムをフル活用し,小洒落た北欧ソファのカバーやマットレスカバーをぶち込みまくった。毎日のように,狂ったように。もはや何をどうしても痒い気がする。これはもう別の病気である。ダニ恐怖症。ダニフォビア。Acarophobia .
部屋には他にもツッコミどころがあった。
明らかに前の居住者の持ち物がそのまま放置されている…。郵便物や香辛料,ボロボロに痛んだ皿や油デロデロのトースター,謎に大量に残されている封の空いたナツメグや塩・胡椒,封の空いた米,封の空いたコーヒー豆,使いかけのスポンジ,そして黄ばんだ枕……。いや清掃が雑すぎんか。
──そもそもちゃんと清掃した??前任者の退去後??
担当者を詰問したい気分に襲われたが,これも文化の違いによる洗礼なのだろうか。確かに髪の毛などは落ちていない。掃除機はかけたのだろう。しかし棚の中には明らかに前の住人の私物が放置されている……棚のなか絶対確認しなかったですよね?
それともこれは「よかったら使ってね!SDGs SDGs!」という前の tenant の良心なのだろうか。
「わーいありがとう!これですぐにお米が食べられるや!」
ってならんならん。全然ならん。いつ開封したんだこれ。せめて見知った人からの直接のギフトなら受け取るかもしれない。でも知らないから。知らない人が残した使いかけの品使えないから。部屋の TV の youtube にログインしっぱなしのロドリゲスくんの私物要らないから。田舎だから羽虫も飛んでるしこんな環境で放置された開封済みのモノ食べられないから。へたったスリッパも要らないから。要らない。何も。捨ててしまおう。それとも何か?私が潔癖なのか?日本で生まれ育っているうちに歪んだ潔癖人間になってしまっていたのか……?
しかし痒いものは痒いし絶対にダニはいる。はるばる北欧まできて何してる?という声が頭のなかに響きながらも,連日ソファカバーとマットカバーを洗い続けたのであった……。
*前の住人のゴミは全て処分し,自分で処分できないものは担当者に持ち帰ってもらった。
後日談:イエダニは dust mite
なお苦情には割と早く対応してもらえ,翌週月曜日には業者が害虫チェックにきてくれた。いわゆるトコジラミ(bedbugs)はベッドの裏の四隅などに住み着いていることが多く跡が残るはずで,それがないことから bedbugs ではないだろうと言われた。
「じゃあ ダニとか? Then tick or lice or something similar?」
と聞くと「いや,tick はもっとでかくて吸血するやつだから。lice も違う」と…
日本語では家の中にいる目視不可能な小さい害虫をすべて○○ダニと総称するが,英語で tick というと専らデカくて森にいて吸血するあの「マダニ」を指すのが一般的のようである。我々がイメージする布団などに潜む「ダニ」はdust mite。この辺りの使い分けは全然知らず勉強になった。
これを機に害虫英語を勉強する羽目になったのでシェアさせて頂く。
きっと,役に立つはず…
役に立つ害虫英語!
dust mite = いわゆる日本語でいう「家にいるダニ」
bedbugs = トコジラミ・南京虫。耐性化が進むやばい害虫。業者駆除必須。
tick = 主にマダニ。森に居てでかくて吸血するダニ
lice = シラミだが,とくに頭に規制するアタマジラミを指すことが多い
flea, chisel = ノミ
vermin, pests = (広く)害虫・寄生虫
carpet beatles = ソファやカーペットに住む害虫で家具を傷める.人体に直接の被害はないらしい.私が最初にソファで見つけた虫は多分これ.
なお日本語はシラミやダニという単語の派生語のような形で広い害虫の名称をカバーしているが,英語では割と細かく名前が分かれているようである。
読者諸氏も海外に長期滞在する人は,bedbugs や dust mite の対策を忘れずに…特に前者は本当に大変なことになるので要注意である。旅先でマットレスの裏などを覗くのは大変に気落ちするが,是非確認し,何か怪しげであれば部屋交換を交渉すべきだと思う。
また,留学で数ヶ月以上滞在する場合,ダニ取りシートや布団乾燥機を持参してもいいかもしれない。私は次は必ず持参する…