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孤独なアル中男とふたりの小学生男子。

霧雨の降る肌寒い三月末の午後、ぼくは缶ビールを飲みながら日本庭園ふうの公園の池の飛び石を渡っていた。前方で小学生の男の子ふたりと女の子三人が向き合って、なにやら論争している。女の子たちの方が少し体格がいい。ぼくは飛び石に沿って歩き、おのずと男の子たちの後ろにたどりついた。


ぼくはかれらに訊ねた、「どうしたの?」
すると女の子たちはあわてて走り去っていった。後に残った男の子ふたりのうち年少の子がぼくに言った、「あの子たちね、ぼくらにね、アタリメと糸をくれ、って言ったの。だからぼくらはあげたの。そしたらね、しばらくしたらね、ぼくらの釣ったザリガニくれって言うの。 あの子たち自分たちでザリガニ釣れないから。なに、それ!?? ぼくらがアタリメと糸あげたのに、意味ねーじゃん。」
ぼくは言った、「それで喧嘩になったんだ。女の子、怖いね。」
大きい方の男の子は気丈に言った、「怖くないよ。」



訊ねるとかれは小学5年生、小さい方の男の子は小学2年生。ふたりはアメリカザリガニ釣りに夢中だ。糸の一方を一本の割箸に結び、他方の先にアタリメを結ぶ。そしてそのアタリメのついた長い糸を池に敷かれた岩と岩の隙間に落とし、アメリカザリガニを誘惑して、釣りあげる。ときには岩の上に腹ばいになって水のなかに手を突っ込んでつかまえる。多くのアメリカザリガニは小指ていどの大きさだけれど、なかには大人の掌サイズのものもいる。大きい男の子は足を滑らせ、ふくらはぎまで水に浸かった。かれは笑って叫ぶ、「人生、終わったーーー!!!」


やがて5人の年長の男の子グループがやってきて、わいわいやっている。小学2年生の男の子は、自分が釣りあげたいちばん大きいザリガニを見せて自慢する。年長の男の子は笑って叫ぶ、「わ、この子、怖くない?」語尾上げで。


かれらは長い糸の先にアタリメを結んで池に投げて、鯉をかまって遊びはじめた。鯉はアタリメに誘われてやってきて、大きな口を開けてアタリメを口に含む。その瞬間にかれらは糸を引く。もちろん鯉は大きく、アタリメは鯉に喰い逃げされるのだけれど、その瞬間の鯉の格闘はちょっとした見物で、さながら小学生版のモビー・ディックだ。


ふたりは言った、「おにいさん、ここでちょっと待ってて。ぼくたちセブンイレブン行ってアタリメ買って来るから。」
ぼくは言った、「OK」



ぼくはしばらくひとりで池を見ていた。水面の桜の花びらが流れてゆく。二羽の鴨が水面を移動してゆく。池のほとりのしだれ桜が咲きはじめている。午後は夕方に近づき、霧雨は小雨に変わりつつある。

待つこと20分、かれらは全力疾走で戻ってきた。そしてぼくにペットボトル入りのミルクティをくれる。ぼくは驚いてお礼を言った。
すると大きい方の男の子は言った、「ほんとはね、理由を言ってお酒買おうとおもったんだけど、でも、買えなかったの。」


年少の男の子はぼくに訊ねた、「ねぇねぇ、おじさんにはおかあさん、いるの?」
年長の男の子はかれに注意した、「おじさんは失礼だよ。お、に、い、さ、ん!」
ぼくは笑って答えた、「いや、もう死んじゃった。」
かれは畳みかけた、「きょうだいは?」
ぼくは答えた、「いない。」
かれは訊ねた、「ひとりで暮らしてるの?」
ぼくは答えた、「そう。」
かれは訊ねた、「友達は?」
ぼくは答えた、「友達はいるよ。」
それからちょっと沈黙があった。


年少の男の子は言った、「あのね、おにいさんはね、もしもきょうぼくたちと会ってなかったら、きょうなにして遊んでた?」
ぼくは答えた、「ワイン飲みながら、パソコンで文章書いてたよ。」
かれは言った、「つまんなーーーーい。」
ぼくは言った、「いや、それだってぼくには楽しいことだけど、でも、きょうはきみたちと遊べてさらにいっそう楽しいよ。」
かれは叫んだ、「たのしいねーーーーー!!!」
ぼくもまねして叫んだ、「 たのしいねーーーーー!!!」


年少の男の子は小学2年生ながら、保育園の頃からザリガニ釣りをしていて、いまやちょっとした生物学者だ。水槽に移したザリガニをぼくに見せて言う、「ね、見て見て、ザリガニってね、尻尾の方から進むんだよ。」
ぼくらはそれぞれザリガニの甲羅をつまみ、ザリガニの動く脚、ハサミを観察した。年長の少年は言った、「見て見て、ちっちゃいのはね、噛まれても痛くないの。」年少の少年は言った、「ぼくね、テレビドラマとかで、血だらけの死体とか出てくるでしょ。ぼくね、ああいうの、怖くて見てらんないの。」そしてかれはおどけて両手で顔を覆ってみせた。



ぼくはかれらにちょっと待っててね、と言って、イオンでロッテガーナチョコレートを買って、戻ってきてふたりにプレゼントした。ふたりはそれを半分に割って分け合った。

やがてあたりは暗くなってきて、公園の路灯がついた。ぼくは言った、「そろそろおしまいだよ。」
すると年長の男の子は言った、「待って、あと一匹だけ。」


年上の男の子は言った、「ぼくたちね、毎日3時頃からここにいるの。明日もまた遊ぼ。」
年下の男の子は言った、「ぼくね、水曜日はすくすくスクールで水泳の日だからいないけど、他の日は毎日3時頃からここにいるよ。おにいさん、明日もまた遊ぼ。」


別れ際にかれはちいさなフィギュアをぼくにくれた。ぼくはお礼を言ってかれらに訊ねた、「これ、なんのフィギュア?」
かれは言った、「『僕のヒーローアカデミア』。」



#創作大賞2023 #エッセイ部門


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