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上海の一流厨師は新春のよろこびを料理でどう表現しますか?
上海高級料理には華があります。もしかしたら世界でいちばん gorgeous かもしれません。え? どうしてそんなことが言えますか?
前提として、上海人どくとくの精神性があります。上海人は東洋文化と西洋文化をともに愛しています。次に料理においては地の利があります。上海は太平洋に面し街の中心に川が流れる大都会。新鮮なエビ、カニ、貝、海の魚も川の魚も手に入る。上海人のみならず中国人たちはむかしもいまも魚や肉を干したり燻製にしたりもします。
やや余談ながら東京とて環境は同様で、だからこそ江戸っ子は鮨とウナギが大好き。佃島では小魚やアサリや貝を醤油と味醂で煮て佃煮を作るでしょ。さらには葛西の海辺に竹の棒をいっぱい突っ込んで、棒にくっついたでろでろの海苔を引潮の時に収穫し、江戸の和紙製造技術を転用して商品化しました。ですから江戸~東京のイメージであるていどは上海の食文化を察することができます。
もっとも上海高級料理は上海の富裕層をよろこばせるのみならず、同時に欧米人をも魅了する必要があって。そこで厨師たちは炒める、蒸す、焼く、煮る、すべての調理法をおいしさの最大限まで高め、しかも上海は「東洋のパリ」ゆえたとえば豚の角煮や黒酢酢豚のソースをたいへん手間をかけて液体となった宝石のように仕上げます。
あのソースはチキンスープと紹興酒(ときには赤ワイン)に(ときにはオイスターソースも加え)醤油と砂糖を加え適切な濃度まで煮詰めてうまみを凝縮させて仕上げるもの。それらのすべてが上海料理の華です。
こちら東京墨田区錦糸町・百宴香(ももえんか)さんと出会って以来、ぼくは上海料理に魂を奪われています。いったい上海人たちは春節にどんなごちそうを召し上がっているかしらん?
ぼくは5日まえにこちら百宴香(ももえんか)さんに
予約の電話を入れた。今回のぼくの希望は、〈ひとり6000円×2人、紹興酒一本込みで、なにか魚料理を含めたおまかせコース〉です。そしてぼくといつもの女友達は春節二日目1月23日に、こちらに伺いました。なお、ほんらい百宴香さんのおまかせコースは4人以上なのだけれど、しかし平日を選び混み合う時間を避けることで、ぼくらの希望は叶えられた。
你好吗?(Nǐ hǎo ma?)
ぼくは マダムの楊暉さんに挨拶します。中国読みでは yáng huīさん、つまりマダム楊です。マダム楊はおっしゃいます、「ここ数日、忙しかったぁ。東京の上海人のお客さん、いっぱいうちに来てくれたから。」それはそうでしょう、一年でいちばんめでたい季節、春節ですものね、誰だってごちそうを食べたくなる。ぼくは彼女YOUTUBEで観た大晦日の春節晩会の話などします。するとマダム楊はこぼします、「毎年観てたんだけど、でも、今年は忙しくて観れなかった。」
さて、厨師・魯国榮 lǔ guó róng さんはきょう、
いったいどんな料理をぼくらにふるまってくれるかしらん。ぼくといつもの女友達はまず、人肌に温めてある紹興酒で乾杯です。では、コースの順番にそって、料理を紹介してゆきましょう。
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1) おつまみ 苔条花生 tái tiáo huā shēng
ピーナツの青海苔和え。
とりあわせが巧い、素朴で滋味ゆたかな一品。
ぼくは魯迅をおもいだします。
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2) 冷菜 燻魚 xūn yú (スズキの燻製)
うまみが凝縮されています。
女友達は言います、「おいしい。
ほのかな酸味がまたいいですね。
紹興酒とよく合います。」
ぼくはむかしながらの上海の
運河のほとりの瓦屋根の二階家の家並み、風に吹かれる柳、
太鼓橋、そしてのどかに漕ぎ進む屋形船をおもいだします。
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3) 中国薬芹炒豆腐干
zhōng guó yào qín chǎo dòu fu gān
絲切り中国セロリと干豆腐を
百宴香さん秘伝の十時間丸鶏スープで炒めてあります。
その味つけの上品なこと。
おいしいなぁ。
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4) クロムツの姿蒸し 清蒸魚 qīng zhēng yú
クロムツは目を見開き大きく口を開いたまま、
まるで失神したかのような表情で、(もしかしたら白ワインで?)蒸しあげられていて、その白い体はこのうえなく上品なおいしさです。
女友達は言います、「おいしいですねぇ、
贅沢ですね~、クロムツなんて! あ、スージーさん、最後は目玉のまわりも食べてください。
ゼラチン質がまたおいしいですから。」
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5) 絶品! 腌篤鮮 yān dǔ xiān (超絶技巧的タケノコスープ)
うわ、これがまたおいしい!筆舌に尽くし難い極楽的おいしさです。綺麗に澄み渡ったうまみの深い上等のスープです。スープだけでコンソメ(consommé)として楽しめるそんな完成度を持ちながら、具材も華やかです。フレッシュなタケノコと、そしてフレッシュスペアリブと干しスペアリブ2種を用いていて。リボン結びの干豆腐も入っていて、愛らしいクコの実の彩りと、ほのかな甘さもいい。この料理の典雅なおいしさは、実はコンソメと具材の共演によるものなんですね。
腌篤鮮 は清の時代の江南 jiāng nán 省の有名料理として、中国全域で広く知られているそうな。江南省とは現在の江蘇省、安徽省、上海市に当たります。歴史的に江南省は書家、文学者、画家で有名な土地です。
料理名の 腌篤鮮 とは「腌」が漬ける、じっさいには塩をまぶすことで、具体的には金華ハムや今回のような干しスペアリブなどを指し、「篤」がちいさな火、すなわち弱火でコトコト、「鮮」がフレッシュな肉を指しています。なお、なぜか主役のタケノコが料理名に示されていません。
百宴香さんの腌篤鮮 のおいしさのベースは秘伝の丸鶏十時間スープですが、ただし、このスープの上等なうまみはけっしてそれだけではありません。前述のとおりスペアリブはそのまま煮込んだものと、同時に干したスペアリブも少々混じっていて。マダム楊によると、この干したスペアリブがスープのうまみを深めているそうな。なお、調理に塩をまったく使わないそうな。
おもえば東アジアにはいたるところに竹林があります。春になれば柔らかい土を破って、タケノコが生えてきます。タケノコほど春節のよろこびにふさわしい食材はありません。
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6) 葱油拌面 cōng yóu bàn miàn (上海混ぜ蕎麦)
白い肉厚の大きなボウルのなかに、茹で上げられた中太麺が盛られていて、上に錦糸卵とフライド白髪ネギが飾らていて、ボウルの底には葱油と胡麻油の香りも混じったほのかに甘い醤油味のタレが潜んでいます。徹底的に混ぜて、いただきます。実はぼくはこの料理を二度目に百宴香さんへ伺ったとき、ふつうのランチでいただいていて、
そのときぼくは百宴香さんではたいへんめずらしいことにまったく感動しなかった。しかし今回はぼくの舌も進歩し、そしてまたコースの〆にいただいたからでもあるでしょう、とってもおいしい! フルコースを混ぜ蕎麦で〆る、いいですね~。そしてぼくらは典雅な中国茶を楽しみ、夢のようにすばらしかった食事の余韻にひたった。
上海料理は甘い、という評言は正しくもあり、
またまちがってもいて。なるほど上海料理には
甜的に(甘く)仕上げた料理もあるものの、それはいわば黒酢酢豚における、ブラウンカラーに輝く上海版デミグラスのようなソースのことであって。あれをただ甘い評してはいけません。同時に上海料理にはチキンスープを使って食材を炒める塩味系のおだやかなうまみの料理もまた多い。だからこそ上海料理には、咸淡适中(ほどよい塩使い)、保持原味(食材の味を料理に保つ)、醇厚鲜美为(まろやかでフレッシュな味わい)、と、さまざまな讃辞が捧げられます。ぼくはまだ上海料理の入口を覗いたばかり。その奥には縦横ずらりたくさんの魅惑の小部屋が潜んでいます。ぼくはその小部屋をひとつひとつ覗いてゆくことが楽しみでなりません。
いいえ、いくらお人よしの(?)ぼくだっていまの中国の政治経済に問題が山積みであることはわかっています。他方、日本政府はさらにいっそう中国共産党政府に厳重警戒体制を敷くべきでしょう。
けれども、だからといって上海高級料理ほどすばらしい料理はそうそうありません。しかもごくふつうの中国人たちはぼくらと似たような人たちであってかれらはみんな現在の中国政治体制の被害者です。いまこの時期にあってなお、中国の食文化は(最良に調理された場合は)最高にすばらしい。
かけがえのない宝物です。このことをちゃんと言えて、しかも良店を見つけたならば熱烈支持できることこそが、ぼくら食いしん坊の心意気ではないかしら。おいしいは正義です。
百宴香への道順も書き添えておきましょう。東京墨田区錦糸町、JR駅北口に出て錦糸公園を斜めに横切り、OLINASニ館のあいだの道を抜ければ蔵前通りに出て、都営太平南アパートその1階に、ふたつの顔を持つ中華料理店があります。地元の日本人客にとっての格安街中華の顔と、そして在東京上海人にとっての交通費を払って食べに行く本格上海料理店の顔です。すっきり上品な店構え、
白い壁には淡い色彩で描かれた花の絵が三点、
山水画風の滝の絵が一点、そして「百宴香」と書かれた書が額装され飾られています。
東京都墨田区太平4-2-1 太平アパート
営業時間11:00~15:00 17:00~24:00
無休(ただし、木曜ランチは休みが多い。電話でご確認ください。)03-5619-1082
Eat for health, performance and esthetic
http://tabelog.com/rvwr/000436613/