阿爆(アーバオ)さんの歌をめちゃめちゃかっこいいとおもわせてくれる台湾の文化政治。
jazzy でrare grooveっぽいEDMトラックにのせて、謎の言語で囁き歌うリズム感抜群の綺麗なお姉さん。しかもクリップの文化人類学的映像はなんでしょう? 台湾の阿爆(ABAO)さん、本名Aljenljeng Tjaluvie(b.1981)。台東県金峰郷嘉蘭正興族で生まれ、少数民族排灣族(パイワン族)の女性シンガーソングライターです。
こちらは2014年の作品『vavayan女(パイワンウーマン)』。排灣族は少数民族、台湾 2200 万人余りの人口のなかで排灣族は8万人。とうぜんその言語もまた放っておけば消えてしまう。自分の一族の言語が消えてしまうのは悲しい。自分たちのアイデンティティが失われることに近い。そこで彼女は(けっして母親ほどには巧く使えないけれど、それでも自分の母語である)排灣語で歌った。いわば排灣族のゴスペルですよ。アーバオさんは語る、「排灣語ってスペイン語に似てるんですよ。音の高低が激しいからgroovyな音楽に合うんです。」もちろんそれは彼女のプロジェクトのただのきっかけに過ぎない。彼女は排灣族の暮らし、遊び、お洒落、フィロソフィーを慈しみ、その魅力をあまねく広く伝えたいのだ。
そりゃあびっくりするでしょう、台湾の若者だったら。めちゃめちゃかっこいいじゃん。トラックはたとえばErykah Badu~Lauryn Hillあたりの1970年代生まれの世代のアメリカン・ブラック・ミュージックに通じていて。同様に阿爆(ABAO)さんのファッションもまたアフロアメリカンの影響下にありながらも、ただし彼女はあくまでも自分が排灣族であることへの誇りと自負を音楽で表明していて。なにしろ排灣語の歌ですから台湾の若者たちだってほとんどの人は彼女がなに歌ってんだかわからない。でも、かっこいいとおもっちゃう。マイノリティ、マジョリティ関係ない、かっこいいっておもわせた人の勝ち。アーバオ姉さん、大博打を張って見事に勝っちゃった。
この心臓の音みたいなビート。なまなましくセクシーな囁き。美しくエキゾティックな彼女自身によるバックコーラス。いかにもいまなEDMの仕上がり感。言葉の意味がわからなくてもかっこいいっておもっちゃう。何度も聴きたくなる。この曲は、『KINAKAIYAN 母親的舌頭(mother tongue~母語)』というアルバムに収録されています。このタイトルは、阿爆は排灣族ゆえコドモの頃から排灣族の言語を話すのだけれど、おかあさんに「あなたの排灣語はまだまだね」と微笑まれた経験に由来するそうな。排灣語の「もうだめ、なんにもできない」を表す感嘆詞から部族のおいしい料理名まで、実用性の高いパイワンの言葉を選んで歌にしたそうな。
「無奈 tjakudain」featuring 李英宏 aka Dj Didilong
題名は無力という意味で、ふたりは愛し合っているのに民族の違いゆえどうしても乗り越えられない壁があってそのせつなさを、EDMの上での男女のRAPの応酬で劇的に表現しておられます。
さて、アーバオさんをTaiwan's biggest pop starのひとりにしたそんな台湾にはいったいどんな歴史的文化的な背景があるでしょう。台湾にはさまざまな原住民が暮らしていた島。そこに福建省の中国人たちや客家と呼ばれる広東の方の人たちや、そして1949年、蒋介石と中国国民党の残党は台湾に逃れ台湾にやってきて台湾統治をはじめたゆえ、台湾においても1990年あたりまでは中国人が威張って暮らしている社会だった。
ところがそれ以降、台湾人たちは自分たちは中国人ではなく台湾人である、台湾と中国は対等なふたつの国なのだと意識しはじめる。両国は軍事力こそ非対称ではあるものの、台湾は民主主義とITと文化で独立国家であると考える。なお、台湾とは前述のとおりまったく一枚岩の民族国家ではなく、さまざまな民族が暮らしている。したがって台湾はいわゆる民族国家としてまとまることはできない。そこでかれらは台湾にふさわしい多文化主義マルチカルチュアリズムを採用し、推し進めるようになってゆく。1997 年の憲法改正では、「基 本国策」の章に「国家は多元文化を肯定する」という文言が書き入れられる。学校の授業でもさまざまな先住民文化を教える時間が設けられる。すなわち国内のさまざまな文化的少数 派を認め、いろんな民族がみんなハッピーに暮らす国を作ってゆきましょうということ。これが新しい「台湾ナショナリズム 」であり、「 中国ナショナリズム」とはおよそ対照的である。
多様性の尊重。こういう政策はカナダ、オーストラリア、ドイツ、フランス、ドイツが採用したもの。日本ですら近年はコンビニの店員にネパール人やヴェトナム人をはじめさまざまな国の若者たちが働いていますね。ましてや00年あたり以降台湾にはさらにいっそう東南アジアや中国そのほかさまざまな国の移民が働きに来るようになって。台湾にもヴェトナム料理店やタイ料理店も増えているそうな。いま世界はどこの国も新大久保化していますね。
この歌『感謝』は、2020年コロナ下で、アーバオさんが看護師の友達に向けて、「ありがとう」と感謝の気持ちを歌ったもの。台湾の年間最優秀曲賞を受賞した。受賞したとき彼女は言った、「わたしたちのいまの暮らしがあるのは、あたりまえの日常を犠牲にしてわたしたちのために献身的に働いている人がいるからです。」 この曲はアーバオさんが勤勉な看護師の友人に書いたもの。蔡総統はフェイスブックで、アーバオさんの受賞を伝え、コロナの受難下で大規模な音楽イベントが開催できた台湾を誇った。もちろん多文化主義を推進してきたのも民進党であり、蔡英文総統である。政治もまたたいへん創造的な仕事であることを蔡英文総統に教えられます。
2022年アーバオさんは自伝『Ari-有帶著問號往前走』を出版した。