あれから十年。STAP細胞論文詐欺事件から学ぶもの。
あの論文が発表されたときは、みんなびっくり仰天しましたね。論文の主張は以下のとおり。ネズミの脾臓細胞を、弱酸性溶液に数日漬けると、まるで時間を巻き戻したように、受精卵の状態に戻る。動物は受精卵から、ありとあらゆる各種細胞を作り出す。したがって、この受精卵(さながらの多能性幹細胞)を作り出すことができれば、われわれはあらゆる病に打ち勝つことができる。ひいてはわれわれはけっして死ななくなって、永遠の生命を得ることができる。ざっとそんなストーリーです。
そんなアホな! SFちゃうで、現実は。ふつうはそんなツッコミが入るもの。しかし、この論文が発表された2014年1月末においては、そんなツッコミが入ることもなく、ただただブラボーと絶讃され、拍手喝采に迎えられた。(すでに2006年、山中伸弥教授による、iPS細胞が誕生していて、これもまた受精卵さながらの多能性幹細胞を作り出す試みだった。山中教授は、2012年ノーベル賞を受賞していた。山中教授の論文にも怪しいところはあり、かつまた癌化の恐れが指摘されてもいた。とはいえ、いくら怪しいところがあるとはいえ、しかし天下のノーベル賞を受賞した研究に、なかなか文句は出ないもの。ところがこのiPS細胞に、STAP細胞は喧嘩を売ったかたちになった。じっさいはいずれの研究もそうとう怪しいのだけれど。)
とはいえ、その怪しさにおいてはたしかにSTAP論文こそが遥かに怪しい。なにしろ、ネズミの脾臓細胞を弱酸性溶液にしばらくつけておくだけで、受精卵さながらの万能細胞に戻るのみならず、あろうことか胎盤までできてしまう。そんなわけのわからない論旨が盛り込まれていた。なんでそんなことが起きんねん!? 胎盤できるか? アホちゃうか! ええかげんにせいや、ボケッ! ふつうはそんなツッコミが入ってあたりまえなのだけれど、しかし、なぜか社会の表舞台ではそんなツッコミも(論文発表後しばらくのあいだは)入らなかった。これはひじょうに不思議なことだった。
いまにしておもえば、このSTAP論文が発表されることによって、いくつかの会社の株価が高騰して、それらの株を買って儲けて、ふさわしいタイミングで売り逃げて大儲けした人たちが(政財界をふくめ)たくさんおられた。すなわち、STAP細胞論文詐欺事件は、アカデミズム、投資家、政財界を巻き込んだ、盛大な詐欺事件だったことがわかります。筆頭論文著者の某女史おひとりの責任に帰せられる事件ではまったくありません。
そもそも論文筆頭責任者某女史は、手相見を統計学と心得、その手相見の才能に一目置かれ、ケーキ作りを愛し、ファッションパンクの女王、ヴィヴィアン・ウエストウッドを贔屓にし、ジャン荘に通い、マージャン狂いの男どもを魅了する人ですよ。もちろんこういう理系天才女史がいてくれたなら話はおもしろいけれど、しかし、人生の時間は有限、そんな天才サイエンティストがいるわけない。
じっさい、STAP細胞論文は論文発表後ほんの数週間でさんざん攻撃にさらされるようになって、論文詐欺であることが白日のもとにさらされ、論文共著者のひとりは自死に追いやられ、もうひとりの論文共著者のハゲはなんとか逃げのびたのもの、しかしこの論文はぼろぼろになって葬り去られた。
ぼくらの耳に幻聴のように聞こえてくる声があります、「STAP細胞はありま~す。」そりゃあ某女史の頭のなかにはSTAP細胞はあったでしょう、また株式投資家の頭のなかにもSTAP細胞はあったでしょう。社会にも広くその存在は共有されていたことでしょう、たとえ詐欺だとしても。なるほど、かれらにはめちゃめちゃおいしかったことでしょう。しかも、あれから十年経って、同様のことがいまなおさまざまな領域でなおいっそうはなやかに起こっています。太陽光発電。電気自動車。ワクチン。あれから十年経って、われわれはいったいなにを学んだだろう?