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仏の智慧で多様に向き合う

昨日の多様性への対応
多様・複雑への対応|鈴木良実 (note.com)
について、もう少し議論を掘り下げます。

今回は

仏が多くの衆生に対応

という観点で考えました。つまり、法華経や摩訶止観で求める

私達が仏の智慧を得る
仏になる

ということが、昨日書いた

多様・複雑に対応する人格になる

に実践です。

この具体的な方法として

慈悲の心で向かう

が一つの切り口です。法華経では

三界は全て仏の有
衆生は全て仏の子

と説きます。つまり

自分の家で子供を見る
というように
全ての衆生に向き合う

これが一つの方法です。しかも

それぞれに今までの因縁があり
各人が煩悩にまみれ欲がある

という

違いを想像し思いやる

これが一つの方法だと思います。ここで仏の教えは

本性は平等に仏の力
しかし
因縁や煩悩で曇り違いがある

と説いています。本来持っている平等と、個々人の差別について、両面から向かうことが大切です。

なお、私たちは多くの知識を持っています。それを普通のモノと思ってしまう。これが思いやりを、妨げる可能性があります。

日蓮聖人の「観心本尊抄」に

自分の六根はわからず
他人の六根から知る

という趣旨の言葉があります。私たちは

自分の目で見、耳で聞く

は当たり前と思っています。しかし、昔なら、自分の姿を見るのも難しく、体に関する知識もありません。そこでは、他人の姿から

目や耳の働き

を想像する必要がありました。こうした自分と違う立場に思いやる。これが必要なことだと思います。


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