金剛界曼荼羅に見る智慧の働き
仏の智慧は、私達の心の働きに応じて、五つあります。そして、それぞれを如来の姿で表現しています。
前五識は成所作智 不空成就如来
意識は妙観察智 無量寿如来
末那識は平等性智 宝生如来
阿頼耶識は大円境智 阿閦如来
これらを統括する法界体性智 大日如来
しかしながら、私達は西洋文明の教育を受けているため、この智慧について解っていません。そこで、ここではこの五つの智慧について、どのようなもか説明します。
まずは、意識に対して働く『妙観察智』です。この智慧は、私達が普通にイメージしている『知恵』の働きと同じです。体験している現実を見て
そこにある法を見出す
智慧です。これは、古代ギリシャの哲学者、プラトンが
物事の本質であるイデアを見出し法則性を記述
という働きと同じと考えてもよいでしょう。ただし、この智慧は
理想的なモノに対して働く
点に注意してください。
さて、次にわかりやすいのは『大円境智』です。これは、体験や知識が全てそのまま入っている『蔵』の働きです。丸暗記の弊害などと言いますが、多くの体験や知識を持っておくことは、悪いことではありません。その正しい使い方が大事なのです。なお、この『蔵』に入っているからと言っても、直ちに『意識』世界で使えるわけではありません。さらに困ったことは、無意識のうちに、私達の考えや行動に影響することがあります。例えば、幼児の頃に水に溺れた経験があるが、それを忘れても水を怖がる、等です。
残りの三つの智慧は、どれも西洋文明が、見過ごした智慧ですが、とても大事な働きがあります。
まず『成所作智』は
実現する智慧
現場対応の智慧
です。先ほど『妙観察智』でも言いましたが意識の世界で考えるのは
理想的な状況
です。例えば、物理学で物体を考える時
力を受けても変形しない
等の『理想的』な条件で考えます。地図の上で考える、と言う喩えもよいでしょう。
しかしながら、実際に物事を実現するときには、現実の複雑さに向き合う必要がります。例えば、野球では
「XXのボールは重い」
と言う表現があります。これは、ボールとバットを『理想的』な『剛体』と考えると、重い軽いはあり得ないのですが、実際のバッティングの瞬間を見れば、ボールとバットの変形、当たった部分の滑りなど、色々な現象が起こっています。こうした、複雑な現実に対応する智慧が『成所作智』です。これは
現場の智慧
と言ってもよいでしょう。西洋文明、特にアメリカ文明では、この智慧を、できるだけ排除するようにしています。その一例として、地図の上だけで考えて、国境線を引いたのが、現在のアフリカの一部です。その結果、部族の分断と、複数部族の一つの国への押し込めは、現在に残る紛争の原因となっています。
次に『平等性智』ですが、この智慧は
誰にも仏の性がある
と知る智慧です。しかし、この言葉だけでは、この智慧の本当の働きは見えません。この智慧の働きは
お互いが仏の智慧がある
と言うことで
相手の動きを想定して心の中で動かす
ことができるのです。色々なシナリオを想定し、予測してみる。また、相手が何を感じるか、思いやることができる。こうして、意識の世界で考える『抽象的・理想的』な人でなく
生きた人格を想定して考える
ことで、血の通った検討ができます。
最後に『法界体性智』は、今までの四つの智慧を、全てまとめます。これは、実際の経験や知識を活かすという場面を考えると、この智慧の大切さが解ります。
例えば、学問的に一つの知識を教えられたとします。これは、意識の世界ですので『妙観察智』が扱います。しかし、今までの経験を『大円鏡智』から思い出し、当てはまるモノがあるか、考えます。直接当てはまらなくても、それらをモデル化して、動かすとき『平等性智』が働きます。こうして検討しても、現実に対応すると『成所作智』で修正が必要になります。旨くいくと、こうして、四つの智慧は、お互いに作用しながら、知識を増やし活かす方向で動きます。
さて、金剛界曼荼羅は九つの会から成ります。その中でも、中央の『成身会』が根本です。成身会は、大円輪の中に五つの中円輪があり、中円輪の中には更に五つの小円輪があります。なお、金剛界曼荼羅では、下を東方とします。東方には大円境智の阿閦如来、そこから時計回りに、南方には平等性智の宝生如来、西方には妙観察智の無量寿如来、北方には成所作智の不空成就如来、そして中央には法界体性智の大日如来の中円輪を配置します。
ここで大切なことは、円輪という構造です。もう少し詳しく言うと
↑→妙観察智→↓
平等性智 成所作智
↑←大円鏡智←↓
と言う風に、大円鏡智から平等性智が働き、意識の上で妙観察智を働かせる。その成果を、現実に適用する成所作智が働きます.こうして、実体験が更に記憶されて、大円鏡智の蔵に入っていきます。これがまた、色々と活かされて、妙観察智に繋がっていきます。これは、社会科学で言う『ワラスの輪』と似たような効果があります。こうした、円輪が回る様子が見える。これが金剛界曼荼羅の力です。
さらに、この曼荼羅には
東->西 の軸は一人の中
南->北 の軸は外部と関わり
と言う見方もできます。潜在的な大円鏡智から、意識的な妙観察智への展開が、東西の軸です。一方、他人にも仏の性を見いだす平等性智から、多様な現実の対応を見いだす成所作智が、南北の軸です。
金剛界曼荼羅を見て、五つの智慧の活かし方を見いだすのは、瞑想の一つの効果だと思います。