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研究開発の成功のために


前書き

昔、会社勤め時代に、物作りの立場での新規開発について、思っていたことを、ブログに書いていたが、今でも通用するモノも有るので、あらためてnoteにした。

「幼い発想」と「良い研究開発」とは

 
このような研究開発に関しての私のイメージは、太平洋戦争初期の名機である、零戦の開発歴史の検討が一つの母体になっている。零戦に関しては、色々な本があるが、主設計者の堀越二郎氏と柳田邦男氏の本を挙げておく。要点は、大学卒業したての新進気鋭の堀越二郎氏が主務として最初に設計した、七試単戦はアイデア倒れのブサイクなものであった。しかし、発注側の海軍が可能性を見込み、ベテランパイロット達が色々と教えた。この失敗の教訓を活かしたのが九六艦戦で、物作りの細部まで気を配った、すきの無い設計であった。

しかし、海軍の要求は更にエスカレートし無理難題を突きつけてきた。これに、当時の日本の工業力で到達できるぎりぎりの答えが、零戦である。少なくとも昭和12年~18年の零戦は、世界最優秀飛行機と言えるであろう。

この3段階は、「良い研究開発」の一つの流れを示していると思う。

1回目は、「未経験の幼い設計者」のアイデアを、何とか形にしてみる。そこでは、ものづくり現場や、利用者の立場など色々見当モレの部分がある。それを恥じて反省することから技術者としての飛躍が始まる。なお、この段階で先輩の"常識"と妥協しすぎると飛躍することはできなくなる。

次に、従来技術をブレークスルーした、一つの製品を仕上げる。この段階で、全体として見直すことができる。こうしてできたものから次の製品への検討が始まる。

そして本当の、ブレークスルーは、今までの成功を踏み越えることでできる。最初の段階で、”先輩の常識”と言ったものが自分の頭の中にも生まれる。これを乗り越えて、より上を目指す。前に作った名作は、今回の作品の全体イメージを与える習作と言うぐらいの割りきりができるかが、良い技術者の条件となるであろう。

なお、私が最初に「幼い発想」と言ったのは、「学校卒業直後のもの作り現場を知らない発想」と言う意味であった。しかしこの問題は、追及すればますます深みが出てくるようである。また、大学の研究でも、単なる答えから、丈夫な答えまで改善する現実的な研究も行われていることも付記しておく。詳細は『墜落』のp395~

零戦の遺産―設計主務者が綴る名機の素顔 (光人社NF文庫)著者:堀越 二郎 販売元:光人社

零式戦闘機 (文春文庫 や 1-1)著者:柳田 邦男 販売元:文藝春秋

講談社+α文庫 「墜落:加藤寛一郎」 p395~p398

良い研究開発とは

良い研究開発の必要条件である、論理性に関して議論する。ここで、論理と言う場合は、広い意味に理解して欲しい。まず、演繹的推論の重要性に関して議論したい。  

「デカルトの展開した、演繹的な論理は、
しっかりした論証ができるが、
あらかじめ解かっていることに、
情報を付け加えることが無い。」

と言う批判は一面では、当たっていると思う。しかし、現実の問題は、多様な可能性がある。その仮定の下で 

「ここから先はしっかり言える。」

と保証するのは、演繹的な論証である。ここで論証と言ったが、これは数学や物理学等の、既存の学問のかなりの部分が、この機能を果たしている。このような個別の論証がしっかりしていること、多様な理論の適用が出来ること。これらは良い研究開発の必要条件ではないかと思う。

しかし、現実の世界は多様な複雑さを持っている。現実に接した時、既存の理論では説明のつかないこと、今まで未知のことと遭遇することも多い。その時、これを説明する適切な仮説を設定する。これも重要な能力である。

既存知識に捕らわれず、自由な発想が大切である。しかし、ここで自由なだけだと、"幼い発想"に留まってしまう。その仮説を支える理論的な構造を、理論世界で演繹的に構築し、矛盾が無いか検証する。更に現実の事例と照らし合わせて、検証する。このような過程を経て、よく管理した良い研究開発に至るのである。

『自由な発想、現実に対して謙虚に向き合う、但し検討は厳密に行う。』

研究開発の成功は、知識よりも行動特性と思う。

開発を成功させる条件

メーカーで設計・開発を行った経験から、もう一度『成功する条件』を整理する。

まず、基礎知識であるが、これは必要条件である。知識の多さより、本質を理解した深みが必要である。例えば、「エネルギーの保存則で何処までモデル化できるか。」と言う風に、基本原則の活用能力が必要である。

次に、解決の方法論を持っていることが、重要だと思う。二度成功した人間は、その応用で成功することが多い。これは、方法論ができていて、しかもその限界も良く知っているからであろう。

さて最後に重要なことは、開発の成功を求めて、やりぬく心である。例えば、ソフトウエアの標準化を考えるとしよう。その時

「2つのソフトウエアが統一できそうだ」

と求める心がないと何もできない。しかも標準化の検討中にも、

「失敗すれば時間の無駄」
「個別に作ったほうが早く終わる」

と言う内心のささやきと戦わないといけない。

 なお、追いかけ研究開発の場合には、成功例が前にあるので、このような「引き返す声」に惑わされない。これだけでも非常に楽である。トップを走るには、この苦しさに耐えないといけない。

新規開発を成功させる行動特性

今までの話で、もう少し突っ込む。私の経験からも、新規開発の成功は、知識ではなく、手持ちの方法論と、行動特性に依存する部分が大きいと思うので、開発に成功する行動特性について、考える。

まず第1は、成功を求めることであろう。ある意味では、

理想的なものが存在すると信じる

ことが必要である。

次は、自分で行うと言うことである。正解を他人に求めるのではなく、自分が切り拓くという気構えである。

一方、自分の間違いの可能性を謙虚に認めることも大切である。関連して、反省して常に成長する、機会を見つけて学ぶ性格も必要である。

発想は柔軟でないといけないが、正統的な学問での検証も怠らない。

こう考えていくと、かなり矛盾した人格になるが、そのバランスが取れる人間が、成功する。

新規開発を引き出す組織風土

研究開発の成功に関して書いていて、一つ思い当たることがあった。アイデアの主要点は、山本七平氏の説く『空気と水』の使い方である。山本氏の『空気』に関しては、色々と書かれているので、説明は省略する。一方、『水』に関しては、あまり引用する人もいないようである。山本氏の『水』の使い方は、
  「熱狂に水を差す」
と言う使い方でイメージすればよい。ここで、
  「空気は理論先行の熱狂であり、水は現実で反省をする。」
と考えると、説明しやすいと思う。

さてここで、新規開発が成功するためには、どのような『空気』が必要であろうか。  

・新しいものを求める
・現状に甘んじない

このような『空気』が効果的に見える。しかし、このような『空気』だけでは、幼稚なアイデアなどで、突進するドンキホーテの群れになる。第二次大戦の日本軍のように
  「今までの投資がもったいないと惰性が続く」
例も多い。

そこで重要なものが、『水』の働きである。特に開発の場合は、
  「現場で作れるか?」
と言う、健全な『水』の判断の働きが重要である。

ただし、現状でできるだけでは、本当の革命はできない。そこで、ある程度の冒険を行う必要もある。この時には『水』が足かせになることもある。このバランスをどうするか、そして責任を取るのが経営者の重要な仕事であり、判断力が経営者の重要な資質と言う一つの理由である。

付録

山本七平氏の「空気」と「水」に関して、私の解釈を説明しておく。まず基本になる考えは、下の図にあるように、知識の構造における、抽象的な理論世界と、現実世界の2分化方法である。


現実と理論の関係

私の考えでは、山本流の「空気」は、この図の理論の世界が暴走したことで発生する。特に、特定の記号が表す「概念」が、色々な人の口に上る間に膨れ上がり、更に特定の性格がついたときに、発生すると考える。人々の会話の中で、正のフィードバックが発生して、発信したものが、「空気」の暴力的な力となる。

一方「水」は、記号世界に対して現実世界からの介入で、上記フィードバックを立ち切る役割をする。 「話しに水を差す」と言うのは、現実に必要なものなどを挙げた時に生じる。

 このように考えると、第二次大戦の指導者達は、実戦の経験が無いので、「空気」で暴走したと言うことも説明できるのではないか。

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