愛だろ、愛っ!
店主が学生時代にふと抱いた疑問。
「世界中に、飢餓や貧困で苦しんでいる人らがいるのに。自分は日本に生まれ、何不自由なく暮らし、そして今(大学生になって)なんとなく生きている。こんなんでいいのかな?」、と。
ISIS(いわゆる「イスラム国」)のことや、ウクライナの紛争、エボラ出血熱や、いろんな国のスラム街での貧困、そして飢餓。日本においては、震災での被害者の方々や、報道される家庭内殺人や自殺のことなどいろんな問題がこの世の中には渦巻いています。
学生当時の私は、死と隣り合わせの人がいるという現実に対し、自らを鑑みいたたまれなくなり、“日本人として生まれたこと”に罪悪感を持ってしまったのです。
そんな中、10年ぶりくらいに再会した同級生Sくんといろいろ話した中で、以下のように吹っ切れました。
「自分たちの(相対的に)恵まれた状況を自ら卑下したり、否定しても何も始まらない。それよりも、その上でどれだけ自分らが“生きられるか”、“生を生き切るか” それが大事なんや。死と隣り合わせに生きる人がいることに思いを馳せつつ、まずは自分の人生を精一杯生きよう!」と。
そして今43にして思うのは、“身近な人に愛を”ってことです。
1人の人間にできることは限られます。人は愛されないとき悪に走ります。卑近な例では、愛情不足に陥ると悪さをして親の関心を引こうとする我が子らのように。
子どもたちの場合は、時にぎゅーっと抱きしめる。
女房には心から「いつもありがとう」と言う。
ケンカをしたら仲直りする。
近所の人と顔を合わせたらあいさつをする。
元気がなさそうなら、「なんかあった?」と聞いてみる。
お客さんには元気にあいさつする。
自分が関われる人に少しでもあったかいものを届けられたらなぁ、と思います。
そういう意味では、「テロと戦う」=「世界中を愛で満たそう」になると個人的には思っています。
そういえば、90年代「愛だろ、愛っ。」ってCMがありましたね。動画検索してみるとおもしろいですよ。 〔15/2/23記す〕
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