クソ恋愛ダルク
高校からの友人のAちゃんは、いつも変な恋愛をしている。
Aちゃんのルックスは普通だ。特別美人でもないしものすごくブスってわけでもない。オシャレしたらまあまあ見れる外見になる。
でもAちゃんが好きになる人は変。というか、Aちゃんが相手を変にしている。してあげるのが好きな人なのだ。お付き合いするといつも、相手にいろいろ買い与えたり、ご飯作ってあげたりしてる。最初の方は相手も恐縮するんだけど、Aちゃんの態度はいつも相手にへりくだっている感じで、お願いだからわたしの施しを受けてくださいって精神的に土下座してる。だから男はつけあがる。Aちゃんから搾取するだけ搾取して、搾り切ったらポイって捨てる。
相手に共通点はない。だから初期の段階で止めることができない。今度こそいい人って毎回言うんだもん。信じられないけどとりあえず信じたらやっぱり裏切られる。
「今度こそいい人だと思ったのに」
電話の向こうのAちゃんは泣きじゃくっていた。こういうの何回目だろう、高校のときときからずっとだから、えーと、って数えるのも不毛だからやめた。少し前に手を怪我したばかりだからそもそも指を折る仕草が億劫だ。
「もうさ、一回恋愛云々をお休みしてみたらどうなの」
厄介なことに、Aちゃんは彼氏が途切れない。だから365日ほぼフルタイムで搾取され続けている。このままいくと絞りカスになってしまいそうだと思うけれどAちゃんはしぶとく生きている。
「だって、男がいないと、承認欲求が満たされない」
「身も蓋もないことを」
「あんたはモテないからわかんないんだよ」
確かに事実だが余計なお世話だ。わたしは受話器に向かって静かに怒りの声を上げる。
「そもそも男で承認欲求を満たそうとするのが普通じゃないんだよ」
「別にいいもん。普通じゃなくて」
「よくない!病気だよ、Aちゃんのそれは病気!ヤク中!」
「はあ?」
「クソみたいな恋愛に依存してるだけなの!ダルク入れ!」
最近見たドキュメンタリー番組に出てきた薬物依存者更生施設を表すカタカナを、半分皮肉、半分本気でAちゃんに投げると
「ダルクって、クソ恋愛ダルクのこと?」
思いの外冷静な声が返ってきた。
「それは、なに」
恐る恐る、聞いてみる。これはAちゃんのボケなのか。ツッコミ待ちなのか。もしそうならいくらなんでも面倒くさすぎる。
「なにって、クソ恋愛ダルクはクソ恋愛ダルクだよ」
「そんなの、本当にあるの」
「あるよ、もう二度と入りたくない」
「は?」
思考が停止して、口角がピクッとなる。苦笑いなのか、ただ顔が引き攣っているのか、自分でもわからない。クーラーの節約のために回した扇風機の風が、足にできたアザをくすぐったく撫でる。わたしはアザができやすい体質だから、部屋着のショートパンツから伸びる足は少々みっともない。
「Aちゃん」
「なに」
「入ってたの」
「え?」
「クソ恋愛ダルクに」
「ああ、うん」
Aちゃんはサラッと肯定した。嘘だろう。だってAちゃんはずっと、ずーっとクソみたいな恋愛をし続けている、ダルクに入る暇なんてあったのだろうか、そもそも未だにこんなんなんだから、効果ないじゃん、ダルク。
「地獄みたいだったよ。命からがら、脱走してきたんだから」
「脱走したの?!」
「当然だよ、あんなところで生きていけるわけないじゃん」
「なんてもったいないことを」
「だってわたしは、男の人に必要とされたいんだもん」
迷いのないAちゃんの声。どこに出しても恥ずかしいクソ恋愛依存患者だ。
「具体的にどんなことをやるの」
それでも、好奇心には勝てない。興味本位で質問をしてしまった。
「わたしは3日で逃げてきたから、本当に最初の方しかわかんないけど」
3日。
思ったより早い脱走に愕然とした。
「とにかく、徹底的な禁欲」
性的な表現のある書籍や映像は一切置いていない。食事は完全な菜食。夜22時就寝。寝るときに布団の中に手を入れるのは禁止。朝5時に起きてラジオ体操、と、こんなところ、らしい。
「え、そんなつらい?」
「つらいなんてもんじゃないよ、馬鹿じゃないの」
「まあ確かに、お肉は食べたいかも」
「そーじゃないよ、セックスどころかオナニーもできないんだよ」
「はぁ」
通信機器は一切没収される。男と連絡が取れなくなったAちゃんは、全身に蕁麻疹が出たらしい。早寝早起き、適度な運動、質素な食事にノーセックス。
健康的な生活はAちゃんの心を歪めた。
「3日もいたら、男なんていなくても生きていけるかもって思えてきたの」
いい方に、歪めたのだ。
「いいじゃん!それが普通の考え方だよ!」
「そんなの、耐えられないよ」
「だからどうしてそうなるの!」
「だって、」
電話の向こうのAちゃんの声が少し震えた。
シン、と一瞬、沈黙が鼓膜に刺さった。
「わたしのアイデンティティは、他人がいないと保てないの。
ひとりでいたら、わたしはわたしじゃなくなっちゃう」
Aちゃんの声はどこまでも暗かった。
わたしは胸の奥がズン、と重くなるのを感じた。
高校時代、一度だけAちゃんの家に遊びに行ったことがある。
コンビニのお弁当のゴミとか、カップラーメンのゴミが散乱していた。
Aちゃんはいくつもアルバイトをしていた。
「お母さん、帰ってこないんだ」
ヘラッと笑いながら言っていたAちゃんは今より全然垢抜けなかったけど、なんだか妙な色気があった。
「とにかく、今回もクソみたいな恋愛だったんだから、スパッと忘れなきゃダメだよ」
「わかってるよ。早めに次に行く」
「行かなくていいの!恋愛は義務じゃないんだからね!」
ぶちぶちと泣き言を続けるAちゃんを宥めて電話を切った。
そのままスマートフォンの検索画面に文字を打ち込む。
【クソ恋愛ダルク】
最近、わたしには初めての彼氏ができた。
とても優しくて、温厚で、頭の良い人だけれど、怒るとちょっと怖い。
1週間前に会ったときにドンッて押された。わたしが待ち合わせの5分前につかなかったことがいけなかった。尻餅をついた拍子に手首の骨を折った。
彼は泣きながら謝ってくれた。優しい人なのだ。
3日前に会ったときは、足を何度も蹴られた。ダメージジーンズが好みではなかったらしい。
彼は泣きながら謝ってくれた。優しい人なのだ。
【クソ恋愛ダルク】
これに入ったら、彼に会えなくなるのか。
地獄みたいだな。
END