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春のきっぷ

一月二十日、大寒。
ぼくは、春行きの電車に飛び乗った。
このきっぷを手に入れるのに、ぼくは、相当な労力を費やした。
みんな、冬がきらいだから、春行きの電車に乗りたがる。
駅では今日もまた、きっぷを買えなかった人たちが、うなだれて出口へと向かっていた。

車内は、厚手のコートに包まれた人であふれていた。
「今日でもう、これはいらないわ。」
そんなことを言う人もいた。

ぼくを乗せた電車は、どこまでも続く長い線路の上を、白息のような煙を出しながら走っている。
ふと、昔どこかで嗅いだことがあるような、温かい香りがした。
遠くの山頂の緑を見て、ぼくは少し笑みがこぼれた。
これまでは、雪の帽子をかぶっていたから。


今日、このきっぷを手に入れるまで、ぼくは一生を冬で生きると思っていた。
ぼくの周りは、早くに春へ行ってしまっていた。
自分だけが取り残されて、自分にだけ暖かな風を感じられなくて、ぼくは泣いた。
もう、涙は枯れて、悲しみも流れ果て、ぼくの心には何も残っていない気がしたけれど、かすかな光がぼくを奮い立たせ、今日、ぼくは春行きのきっぷを手に入れた。


窓の外の木には、ふくらんだつぼみがついている。
少しずつ、ぼくの心の氷が溶け、少しずつ、ぼくに感情が戻ってきた。
忘れかけていた、未来という言葉が、ぼくの心をさらに温めた。

もうそろそろ、着くころだろう。
ぼくは、厚手のコートも、マフラーも、手袋も外した。
もう、寒くはなかった。


今までのことが全て嘘のような気がした。
電車は、満開の桜のトンネルをくぐっていた。

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