単身海外一年間のステイ。オーストラリアとコーヒーと夜遊び(2)
信じられない。信じられないほど、思い描いていたままの海外生活だ。
きちんとスプリングのきいたマットレスがついたベッドが2つ、両壁に沿って配置してある。ベッドの頭のほうに窓があって、そこからはきらきらとしたメルボルン市内の夜景が遠くに見える。ときおり、ふいてくる風は、日本では感じたことのないさらさらとしたもので、私の髪の毛をふわりと浮かす。
――――気持ちいいなあ。
夜の風を感じて、とことん自由な気分になるなんて、初めての経験だ。明日は知らない町を探検するんだ、というわくわくとした気持ちと、何が起こるかわからない、少しの不安。これか。これが、先人たちの伝えるその気持ちなんだ。大学に入って一人くらしを始めたときとも違う、就職して上京したときとも違う、ほんとうの自由を手に入れている感覚。
「じゃあ、明日は途中まで一緒に通学しましょうよ。」
そういって、私に笑いかけたのは、ブラジル出身のきれいな女の子、メイ。黒くつややかな髪の毛は、南国の強い日差しにも負けないほど丈夫で、シャワーを終えた彼女の肩にしなやかにおちている。褐色の肌と大きくまるい瞳は健やかで、幼さが残る笑顔がチャーミングな私のルームメイトだ。
シェアメイトは4人だけど、そのうちの私とメイは2人部屋をシェアしていて、ジョンともう一人の女の子は一人部屋を持っている。経済的な理由と、部屋をシェアする、ということへの留学っぽさ、への興味もあって、私は二人部屋を選んだのだけど、実際、どんな子がシェアメイトなんだろう、とドキドキしていた。
ジョンに会ったあと、私が自分のものを片付けていると、Hi. といって、メイが部屋に入ってきた。挨拶を済ませると、私たちは部屋の使い方を話して、メイは、あとは気楽にやりましょ、といった。
私は本当に緊張してしまったんだけど、メイの笑顔がとても人懐っこくて、明るくて、ああ、よかった、と思った。
私の片づけが終わって、私たちがそれぞれシャワーを済ませた後、メイは、私はブラジル出身だけど、おばあちゃんは日本人なの、といった。私はおばあちゃんが大好きで、日本にもいつか行ってみたいと思っているのよ、だから、日本人のあなたに会えてうれしい、と。
私は、いつか小学校の時にならった、歴史の授業を思い出した。
―――「戦前後、職を求めて日本からブラジルに渡った日本人がいます。」
目の前に、その血を受け継いだ人がいる。なんだか、今まで日本で暮らしてきて日本の事柄しか見てこなかった私は、急に世界を目の前に見た気がして、世界はほんとうにつながっていて、時代は時を運ぶんだ、と思った。
私は嬉しくなって、この子と仲良くしよう、と思った。
日本に住んでいる、おんなじ日本人には、日本人だから仲良くしよう、なんて思わないのに、なんか、げんきんなものだ。やっぱり、なにも知らない場所にきて、すこし心細くなっていたのかもしれない。
*** ** *** * *** ** ***
私が、海外にあこがれを持っていたのは、小学生くらいのときだった。英語はそのころから、話せるようになると将来役に立つといわれていて、英会話教室に通わせてもらっていた。なんとなく、セサミストリートとか、海外のドラマとかみていて、フルハウスのジョーイおじさんに恋をしたり。
そして、ずっと、海外にいきたいと思っていたけど、大学留学できるほどの知恵も勇気もなく、その後は、仕事や恋愛、人間関係のほうがいそがしくて、真剣に海外にいくぞ!という気持ちは頭のどこかに追いやられいた。
でもなぜか、英語はすきで、勉強はつづけていた。おそらく、高校のときの英語の塾の先生が私を英語の沼にいれてくれたから、だと思う。まあ、なので、少し英語には自信があったんだけど、この自信があとかたもなく、なくなるのは少し先の話。
ともかく、きっかけはアルバイトしていたとき。その女の先輩は東京から田舎暮らしの偵察にきていて、少しひねくれていて、もろくて強い人だった。私はその女の先輩がかっこいいな、とおもっていたので、私、海外に旅に出て回るのか夢なんです、なんて、話した。
そしたら、先輩は私は来年、ワーキングホリデーするつもり。といった。
ワーキングホリデーってなんぞや?なにも知らない私は、そこからいろいろ調べ始めて、どうやら一年間ほど働きながら海外にいれるらしい、とつきとめ、これなら貧乏な私でもいけそう、とやることにした。
それからはお金をためてためて、服や高いコスメなんて買わなかった。友人と遊ぶときも派手なお金の使い方はしなかった。あとから、もうちょっと賢くお金貯めれただろうな、といろいろ知って思い返すんだけど、私はとにかく世間知らずで、小さいときから、すこし変わっているといわれ続けている人間なので、よしとしてあげる。
そして、ようやく、ようやく、私は頭のどこかに追いやられていた、大事なカケラを現実のものとして、私にプレゼントしてあげることができた。
すべてが鮮やかで、なにをどう選択してもよい、新鮮な出会いがあふれている場所。
やっと、はじまる。そんな気持ちだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?