単身海外オーストラリアステイ―メルボルンのナイトクラブ 2―
「でもさ、いい男なんていなかったよ。これで正解、正解。」
そういって、ともこは、KFCのチキンをほうばった。
「そうだ、そうだ。」
私も、ポテトを3本口に詰め込みながら同意する。
そういったのは、やっぱり、男の子をゲットできなかった、くやしさが残っているから。我ながら往生際が悪い。
クラブで踊り疲れたあと、お腹がすいた私たちは、小腹をみたそうと、KFCに向かったのだ。チキンとポテト、体に悪そうだけど、こういうときはお手軽でやっぱりおいしく感じる。
「このあと、どうする?」と、私。
「うーん、かえるのも嫌だしなあ。」と、ともこ。
チキンを平らげた私たちは、エネルギーがわいてきて、よおし、もうひと踊りしよう!と次のクラブを探すことにした。
「ここはどう?」と、ともこが携帯をさしだす。
私たちはどこにどんなクラブがあるなんて、まったく知らない。お互い先月、オーストラリアにきたばかりで、ともことは語学学校で出会った。ともこは、まっすぐな子で、ずばずばとした物言いをする私とは気が合った。話を聞くと、ともこは、日本では外人の彼氏しかできたことがないらしい。目鼻立ちがはっきりしていて、ともこは、この鷲鼻がきらいなんだよねー、といっていたけれど、私はそれが魅力的だ、とおもった。
さて、ともこが差し出した携帯をみると、駅の近くにパブのような、クラブのような場所があるらしい。レビューも ”最高の場所だ!”とか”いい音楽がかかっている”とか書いてある。
「…いってみるか。」
と、私はいって、立ち上がった。
*** ** * ** ***
そこは、見た目は老舗のレストランみたいな雰囲気で、最近のおしゃれで黒く、ネオンサインが光っているようなクラブとは全く雰囲気が違った。
とにかく、ここまできたんだし、入ってみよう、と私たちはドアを開ける。
私たちは、たちまち、あたたかくて、ざわざわとしたカントリーサイド(田舎)の雰囲気につつまれた。バーには、優しいスマイルとブラウンの瞳がかわいらしい中年の男性がいて、なににする?と聞いてくれた。
メニューをみても、おしゃれなものはのってない。ビールでいいや、と私たちは注文する。周りをぐるっと、みわたすと、木でできたカウンターと壁際に沿っておかれている立ち飲み用の丸いテーブル。踊ってる人はいない。
よくよくみると、みんな、中高年だ。音楽は、かかっていなかった。ざわざわしていたのは、客のしゃべり声。みんな飲み物片手に、友人や夫婦で飲んでいる。
―――――なんだあ、また違うところにきちゃった。
私は、飲んだらお開きだな、どっかテーブルを探して、飲み終わったら帰ろう、とともこに目配せする。
その時、お店の奥のほうから、ジュイーーーンと、ギターの音を調整する音が聞こえてきた。
――おおっ!
なにか始まる、と私たちは店の奥に向かった。
店の奥には、ステージがあって、中年のおじさんがギターをチューニングしていた。白髪にブルーの目という、西洋のおじさんで、チェックのシャツが似合っている。その横には、ドラム、ボーカル担当だろうか、おなじような恰好をしたおじさん方がいる。
ステージの前には立ち飲み用のテーブルが2,3個おいてあり、がやがやと、30人くらいだろうか、中高年のおじさま、おばさまが楽しそうにしゃべっている。
ジャーンと音楽が鳴り始めた。なんだろう、カントリーミュージックだ。しゃべっていたおじさんたちが、集まってくる。大きな体のおじさんがどんどんステージの近くにきて、音楽にあわせて体をゆらしはじめた。
私たちは小さな体をよせあって、つぶされなように、後方に逃げる。ステージのおじさんたちは全然みえない。カントリーミュージックのつぎは、小気味の良いポップを鳴らす。どれも爆音。中列あたりで、夫婦が手をとりあってダンスをはじめた。テーブルにいる女性も、おおきな体をゆらして歌っている。
わあーーー。
私は圧倒されて、しばらくぼーっとしたけれど、すぐに周りのおじさんにあわせて体をゆっさゆっさとゆらしはじめた。
ゆっさゆっさ、ゆっさゆっさ。
もみくちゃになりそうになりながらも、わっほい、わっほいと体をゆらし続ける。4曲ぐらいそうしていただろうか、ボーカルが、これがラストの曲だぜ!と叫んだ。
イントロが始まると、おじさんもおばさんもわあっ!と前にあつまってきた。ゆっさゆっさ、わっほわっほ、みんなで体を右へ、左へうごかして、次第に肩を組み始めた。有名な曲みたいだ。私の隣のおっきいおじさんが私の肩を組んで、右へ、横へいっしょにゆれて、音楽を歌う。私も、ともこと、おじさんの肩を組みかえし、ほーっ!ほーっ!と掛け声にあわせて歌う。
ほーっ!ほーっ!ゆっさ、ゆっさ。ほーっ!ほーっ!
オーストラリアってすごい。
わたしの両親くらいの大人たちが、日常で、飲んで歌う。日本のスナックとちょっとにてるのかな。でも、こっちは何倍も豪快だ。
*** ** * ** ***
わたしとともこは、駅に向かいながら、ほてった顔を満足そうに見合わせる。
「なんか、よい夜になったねー。」「そうねー。」
わたしたちは、よかった、よかった、とすっかり人通りの少なくなった道をほーっ、ほーっと歩いた。