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諷諭詩 籾殻


無数の籾殻が落ちている
力なく落ちているような気がする
中身は何もなく
ただ外見だけがくすんだ茶褐色としてそこにある
もはや軽いとすら思えないような無力な散乱
そこに風が吹いてくる
冷たくもあり勢いのある風
それらがあらゆる籾殻を掻っ攫っていく
冬の風は厳しい
籾殻はそれに抗うことが出来ない
何もかもが吹き流されていく
勢いよく流されて行ったそれらはもはや
どこに行ったのかも分からない
人間の名声とはそんな籾殻
誰もがその籾殻を求めたがるものの
時間というものに比べればそれは
あまりにも儚くてあまりにも無力
籾殻は時間の流れには逆らえない
風は乾いていて冷たい
その乾燥した風に時間と共に押し流され
勢いよくそれは風化していく
そんな運命は悲しい
誰もがきっとそんな運命を望んでいるものの
その望みの先にあるものは虚しく儚い
インフルエンサーという言葉は輝かしいが
風に吹き流されてしまったら
インフルエンザよりも儚くて脆い
感染症は現実に根を張って存在しているが
世間でしか通用しない名声という記号は
籾殻のように中身がなくて虚しい

 確かに名声というものは、それを持っていない人間にとってはものすごく価値のあるものなのかもしれない。だから、もしも有名になったらどれほどいいだろうかと思うだろう。しかし、よく考えてみていただきたい。仮に有名になった人間がどれほどそれを保ち続けることができるのか。強大な力で持って表現し続ける芸術家などは後世にも残るかもしれない。米津玄師のような人物だったら、創造し続けることによって後世に残るかもしれない。しかし大抵の人は一発屋で終わって消えていく。それは悲しいことなのではないか。名声が欲しいという気持ちは理解できるし、自分もその一人である。しかし、有名になった人についてよく考えてみれば、闇雲に名声を求めること自体にリスクがあることがわかるのではないか。重要なのは、自分がどのようにして生きていくべきか、その生の土台をしっかりと築き、しっかりと生きていくことである。名声によって人生が何もかもうまくいくと思うことは、ほぼ確実に間違っているように思える。

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