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純愛と幸福のこんぺいとう。ちりばめられた平和の音。世界一清らかで美しい結婚式。
10月某日。
潮風の香りを感じながら、わたしは海沿いの地に降り立った。
JR舞浜駅。
日本じゅうから、今日ここで過ごす時間を特別なものにしようと、たくさんの人間がやってくる。
タクシーを降りたと同時に、いろんな音と空気が、一気にわたしの中へ飛び込んできた。鼻から喉へ、食道から肺へと入り込み――パークだけが持つ、あの黄色い熱気がわたしの細胞ぜんぶを揺らす。ランドにもシーにも足を踏み入れていないのに、黄色い熱気はわたしの気分を浮足立ったものへと、ふわりと押し上げる。
ロータリーから階段を使い、一階に上がる。
一気に視界が広くなった。
再び――ふわりと、潮風が、わたしの額と前髪の間を駆け抜けてゆく。
お手本になりそうな雲一つない青空。舞浜までやってきたわたしを含めたお客へのもてなしをするかのように、明るく出迎える、陽気な英語の自動音声。人々全員にスポットライトを当てるかのように降り注ぐ、まぶしい太陽。
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ディズニーランドもしくはディズニーシーへと歩いていく大勢の人々。わいわいとはしゃぐ家族連れ。かわいらしいカチューシャをつけた女子高生。浮かれ気分の大学生。足を止めるわたしの両脇を、たくさんの客が通り過ぎていく。
――あぁ、そうだよな、みんな、ディズニーに遊びに来てるんだよなぁ。
パークに向かう大勢の客たちを、どことなく他人事みたいに感じながら、わたしはイクスピアリ内にあるトイレに向かった。
鏡に映る自分をじっくりと眺める。
今日のために買ったワンピース、今日のために買ったパンプス、今日のために美容院でセットしてもらったヘアスタイル、今日のために買ったパーティ用のバッグ。
「今日のために」で包み込まれた、わたしの顔は、緊張していた。自分が何か特別なことをするわけではないのに、何故かひどく浮足立って、そわそわして、いてもたってもいられない気持ちになった。
――あぁ、緊張する。
胸のあたりを擦っては、息を吸って、吐く。バッグから取り出した招待状に書かれた文字を、何度も読み返し、「よし、行くぞ」と、トイレを出た。
――向かうは、ホテル・ミラコスタ。
親友の結婚式が、そこで、行われるのだ。
リゾートラインに揺られながら、自分の過去を辿る。最後に結婚式に参列したのは、小学生の頃だった。親戚のおじさんが結婚するからと、式に参加した。そのときのことは、途切れ途切れにしか覚えていない。
そもそも、わたしには、大人になってからも繋がっている友達というのが、数えるほどしかいなかった。そして今回、その数えるほどしかいない友人のうちのふたりが、結婚するのだ。
――そう、新郎新婦どちらもが、わたしにとって、特別に、大切なひとなのである。
大学時代、わたしはある三人の友人と、いつも時間を共にしていた。その三人とは、入学前のオリエンテーションで、同じグループになったことがきっかけで知り合った。
同性同士でつるむのが大半の中、わたしを含めて四人――『男2女2』という、珍しい組み合わせだった。よく、カップルなのかと間違われた。それぐらい、四人の距離は近かった。傍から見ても、きっとすごく『仲が良い四人』として、映ったことだろう。
そのうちのふたりが付き合うことになった。
付き合ってからも、一度も喧嘩をしたことがなく、「恋人でありながら、友達という感覚もずっと残ってる」と、新婦である彼女は、いつだったかこぼしていた。
ふたりが初めて出会った日も、付き合うことになった日も、わたしはそこにいた。様々なことを、知っていた。毎日、彼らふたりの隣で、彼らふたりのやりとりを見つめていた。
全てを目撃していた――なんて言うとおこがましい気もするけれど、ふたりをずっと見守ってきたのは、事実だ。
窓の外には、きらきらひかる真っ青な海の世界が広がっている。その眩しさに目を細めながら、いつか――大学生の頃、母親と交わした何気ない会話を思い出す。
「ふたりって、ほんと仲いいんだよ」
わたしが興奮気味に言うと、母親は頷いて、こう答えた。
「あのふたりなら、結婚してもおかしくなさそう」
――なんでもない、ほんとうに他愛のない会話だった。母親に聞いても、たぶんこの会話のことは覚えていない。それぐらい、些細なやりとりだった。
けれど――あの日交わした会話が、今日、実現しようとしている。
わたしの口角は自然と上がっていた。
今日は、ふたりの晴れ姿を、しっかり見届けるんだ。どんな式になるだろう。ふたりはどんな衣装を身に纏うのだろう。わたしはその瞬間を目撃したとき、いったいどんな気持ちにさせられるのだろう。
ふだんマイナス思考なわたしの想像は、ぐんぐんと明るい方へ膨らんでいく。期待と希望と愛とで身体の中が満ちていき、今にも張り裂けそうなどきどきばくばくの熱が、全身に猛スピードで行き渡る。
『まもなく、東京ディズニーシー・ステーション』
わたしはゆっくりと腰を上げた。ディズニーシーに遊びに行く客とともに、電車を降りる。
ホームに立つ。ざわざわと――黄色く明るい騒々しさに身を委ねながら、ぐるりと周囲を見渡す。
――あった。
『ホテル・ミラコスタ』という案内看板を見つけ、その指示通りに足を進める。
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通路は一つだけだった。迷うことなく、けれど初めての場所だからとちょっとどきどき、不安に駆られながら、進んでいく。
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そのうちに、ミラコスタと思わしき建物を見つけ、スタッフの人に、案内状を見せて『この会場に行くにはどうしたらいいですか?』と、聞いた。
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教えてもらった通り、建物の中に入る。そこは天井が吹き抜けになった、明るいオレンジや赤で彩られた、豪勢なロビーだった。
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教えてもらった右方向へと足を進めようとすると、それらしい通路を見つけた。
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――あぁ、すごい。
まだ、チャペルにも入っていないのに、気分がそわそわして――するりと、いつの間にか非現実の世界に入り込んでしまった感覚になる。
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通路で、人とすれ違った。
ちょうど、結婚式場の下見にきたであろうカップルが、スタッフに案内されている。
「この先がチャペルになってまして――」
スタッフの声がかろうじて聞こえきた。ちらりと横目で見ると、カップルのふたりともが、おそろいで幸福の表情を浮かべている。そんなふたりを見て、わたしはまた微笑む。
クロークに荷物を預けて、チャペル開場までの時間、待機していた。どこで待っていたら良いのか見当がつかず、トイレに行ったり、通路の脇にぽつんと立ってみたりした。成人して以来、結婚式が初めてだから、勝手が分からない。
開場までラスト五分をきったところで、通路の奥まで足をすすめる。すると――六、七人ほどで固まって談笑していた招待客らしき人物たちと、いっせいに目が合った。
「あっ」
私は思わず声を上げ、招待客たちも皆、同様に声を上げた。
実は、わたしは、大学を中退している。途中でやめてしまった故、退学後は本当に仲のいい数人としか連絡を取り合っていなかった。
招待客の中には、在学中に仲良くしていた懐かしい顔ぶれがたくさんいた。
「久しぶり!」
皆、変わっているようで変わっていない。わたしはやっぱり嬉しくなって、微笑んだ。
――定刻になった。
がちゃり。ふたりのスタッフによって両側の扉がいっせいに開けられ、その先に佇む、うつくしいチャペルの空間があらわになる。
新郎は向かって右側、新婦は左側へと案内される。友人たちと「俺らはどっちに行けばいいんだ」なんて軽く笑い合いながら、なんとなく前の人につられて進み、わたしは新郎側に着席した。
壁にはめ込まれたステンドグラスからまばゆい光がつぎつぎと差し込んで、チャペル全体を神聖で柔らかな、唯一無二の空間に仕立て上げている。入場前にスタッフから渡された花飾り(のようなもの)をきゅっと両手で大切に包み込み、どきどきしながらその時を待つ。友人たちと興奮気味に言葉を交わす。
まだふたりは現れていない。けれどすべてが始まる前から、わたしの顔からは絶えず微笑みがこぼれていた。
――新婦入場。
現れた彼は、ぱりっとした黒のタキシードに身を包み、ぎこちなく微笑んでいた。緊張しているのがばればれだった。そんな彼が、とても可愛く感じられた。そう感じたのは、わたしだけではなかったようで、神聖なチャペルの空間は、緊張する彼を温かく迎え入れるように、和やかな笑い声でふんわりと満たされていく。
――あぁ、変わらないなぁ。
彼は、昔から、緊張しいで心配性だった。恥ずかしがり屋で、いじられたりすると途端に顔が真っ赤になる。その姿がいじらしくて、たまらなく可愛くて、余計に彼を照れさせるような言葉を言ったりもした。
いつも素直で、純粋で、親切で、優しくて――わたしはそんな彼が大好きだった。
――ちっとも変わらない、照れた可愛い姿は。けれどチャペルに現れた彼は、きらきらと輝いていた。純粋無垢な姿で、真っ直ぐと、ただ真っ直ぐと、前を、未来を、見つめていた。
――新婦入場。
純白のドレス姿。父親が隣にそっと携わり、ベールを長く引いて、ゆっくりと、一歩、一歩と進んでいく。
――あぁ、きれいだなぁ……! 可愛いなぁ……!
彼女は、わたしが今までの人生の中で出会った女性の中で、間違いなく、一番美しい人だった。
大学のオリエンテーションで初めて彼女を目にしたとき、「こんなに可愛い子がこの世に存在するのか!」――そんな、稀有な衝撃を受けた。
超がつくほどの小顔で、顔立ちは動物の赤ちゃんを想起させるベビーフェイス。黒目が大きく、きゅるんとした愛嬌のある瞳。よく、「桐谷美玲に似てるね」と言われるらしい。
授業中はいつも必ず彼女の隣に座っていたので、よくこっそり盗み見しては「ああ、可愛いなぁ」とわたしの乙女心をほくほくさせた。
ここだけの話――学生時代、彼女と過ごす中で、本気で心を射抜かれ、惚れそうになったことがある。何度も。
おまけにスタイルも抜群で、彼女と一緒に撮った全身写真を見返すと、いつも「膝の位置が高い! 足が長い!」と彼女の生まれながらのモデル骨格に、感嘆しっぱなしだった。
そんな可愛くて美しい彼女のウェディングドレス姿は、まるで、どこかの異世界から舞い降りた天使のようだった。肌は白く、腕も、腰も、すべてがほっそりしている。純白の彼女は、きっと世界一美しい花嫁だろう。
新郎が羨ましくなる。畜生、こんな可愛い子と生涯一緒になれるなんて。
ふたりが隣同士に立つ。見慣れたふたりの後ろ姿に、心が洗われる。
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ステンドグラスから差し込む光が、ふたりを包み込む。まるで天から祝福されたかのように、神々しく、そして、どこからともなくあふれだす優しさと柔らかさを纏いながら、ふたりが光り輝き出す。
牧師がかたことの日本語で何かを言っている。はっきりとは聞き取れないが、たぶん大切なことを言っている。わたしは耳を傾けながら、成人して初めて参列する結婚式がこのふたりの結婚式でよかったと、改めて思う。
彼と彼女が向き合って、彼が手を伸ばす。ベールを手に取り、そうっと、ふわっと、柔らかく、持ち上げる。彼女の顔があらわになる。きっとお互い見つめ合って、微笑んでいるだろう。
誓いのキス、指輪交換、結婚宣言、署名。ゆっくりと、けれど確実に式は進んでいく。
しん、と静まり返ったチャペルに響き渡ったふたりの「誓います」という声が、音が、口調が、いつもと変わらない、あのふたりの声だったことに、わたしは安堵した。視界の先で、きらきらと輝いているふたりを見ると、本当にあのふたりなのかなと、なぜか時々不安になってしまう。
――新郎新婦退場。
わたしはバージンロードからかなり遠い席だったが、せいいっぱいの力を込めて、新郎新婦に向かって花飾りを投げた。投げたけど、スタッフの人から、他の人よりちょっと増量されて渡されていたので、結果、投げきれなかった花飾りが手の中に残った。おなじく増量された友人と、「投げきれなかったね」と笑い合った。
チャペルを出ると、ふたりが出迎えてくれた。優しくて平和な笑顔に、わたしはまた胸がふんわりと温かくなる。
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――披露宴入場まで少し時間があった。
わたしたち招待客は、受付で芳名を済ませ、ご祝儀を渡したあと、待機のための別室に移動した。
端の席に腰を掛け、友人たちと会話を交わす。皆、不思議と大人になったように見える。年を重ねているせいだろうか。それとも、社会人になったというのが大きいだろうか。記憶の中の学友たちは、今、間違いなくわたしの前に、あのときよりずっと逞しく立派になった姿で、立っている。
そんな彼らを、どこか眩しく感じる。自分が途中でやめていった道を、彼らは進んでいったから。
大学を辞めたことは後悔していない。けれど、だからこそ――そのぶん、意志を貫いて最後まで走り抜けた彼ら友人たちに、心から、敬意を評したくなる。
そのことを友人のひとりに伝えたら、こんな言葉が返ってきた。
「俺は〇〇さん(私の名字)もすごいと思う。だって俺には選べなかった道だから。〇〇さんが俺達のことをすごいと思うのと同じくらい、〇〇さんも、今の自分を誇っていいと思う」
嬉しかった。その友人の言葉は、嘘じゃない、本気で言っているということは、すぐに分かった。だからこそ、余計に嬉しかった。
わたしは逃げた人。彼らは残った人。けれど逃げたわたしのことすら、その意志や決断を尊重してくれる。
熱い言葉をかけてくれた友人を見つめ返し、そうだこの人は、学生時代からこういう人だったと思い出す。真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに、ブレずに、突き進んでいく。自分の意志を、最後まで貫き通す。そんな彼のことを、わたしは在学中から、ずっとずっと、尊敬していたのだ。
披露宴会場に移動する。案内表を片手に、「新郎新婦の席に一番近いテーブルだね」なんて、友人たちと盛り上がりながら席につく。
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各自に置かれたピンク色のナプキンが、ディズニーキャラクターを模したものになっていて、そのさりげない演出に感動した。
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形がドナルドになっているのが分かるだろうか?
――新郎新婦入場。
ライトが落とされ、空間全体が暗くなり、荘厳さで満ちた披露宴会場は、ふたりの登場を待ちわびる。
シンデレラのテーマソング「A Dream is a Wish Your Heart Makes」 が流れ出す。会場の一番奥の扉が、音を立ててゆっくりと開かれる。
――扉の向こうには、ライトで照らされた、きらびやかなふたりの姿があった。
温かな拍手が、登場した彼と彼女を出迎える。
ふたり微笑み腕を組み、一歩、また一歩、足並みを揃えながら、ゆっくり前へと、進んでいく。そして、会場中央のスポットライトが当たる位置に到着すると、ふたりは会場全体を見渡し、ゆっくりとお辞儀をした。さらに増す拍手。新婦の頭に載っているティアラがきらりと光った。
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司会を務める女性スタッフの、洗練されたアナウンサーのような厳かで滑らかな声が、華やかな雰囲気を底から引き上げるように、会場全体に響き渡る。
主賓の挨拶は、新郎の上司が務めた。ひょろりとした男性のたどたどしい言葉に、わたしは耳を傾ける。じっと見つめる。マイクを通して伝わる、男性上司の口調や声色から、新郎である彼が、職場でも愛されている様子が、ありありと伝わってきた。
その後、幾名ものスタッフがシャンパングラスを持って颯爽と現れ、テーブルの間を慣れた歩調で縫いながら、招待客ひとりひとりのテーブルに置いていく。
グラスの中には、半透明の琥珀色の液体が注がれていた。ぱちぱち弾けるシャンパンゴールドが、場の高級感を引き立てている。
――と、そのとき、わたしの隣に座る友人が、スタッフに声をかけられ、緊張気味な面持ちで、カタン、と椅子から立ち上がった。
友人である彼は、乾杯の挨拶を任されている。
大学時代は、わたし、新郎新婦のふたり、そして彼――この四人がいつものメンバーだった。
マイク前に移動した彼は、どことなくそわそわした様子で立っている。わたしは彼の勇姿を見届けようと、スマホでカメラを構えながら、どきどきと胸を高鳴らせ、行く末を見守る。
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わたしの視界には、マイクの前に立つ友人と、一段高いところにいる、新郎新婦のふたりが映っている。
この三人は――わたしにとって、ほんとうにほんとうに、特別で、大切な存在だ。
そして親友は、ぎこちなく微笑みながら、語りだす――ふたりとの出会いを、ふたりの馴れ初めを、ふたりの微笑みと喜びを。
――あぁ、そうだった。あのふたりは、あんなことがあったし、こんなこともあった。
そして、いつも四人で、笑い合っていたね――。
大学時代、わたしの隣にはいつも新婦の彼女がいて――正面を向けば、新郎の彼と、親友の彼がいた。
それは、私に与えられた神からのギフトだった。
――濡れた目元を拭いながら、親友の彼が戻ってくる。
「スピーチ、最高だったよ!」と、帰ってきた彼の肩をばしばしと叩いた。わたしよりも、彼のほうが何倍も涙もろかった。親友が泣いている姿に、わたしはなぜか、微笑ましい気持ちになる。
自分が心から愛した人の幸福を目の当たりにして、涙を流せるというのは、とてもやさしくて、とても貴重で、とても幸福なことだと思う。
――たぶん、こんな瞬間は、もう何度も、人生の中で訪れることはないだろう。
わたしは噛み締める。人生でたった一度、こんなふうに、愛した人と愛した人の結婚に立ち会える喜びを、新郎新婦を見て涙を流す親友を、隣で見つめられる奇跡を。
――忘れないよ、絶対に。
おじいちゃんおばあちゃんになったとき、今日をこの日を、思い出して語り合うのだ――
わたしがこの世でいちばん幸福だと感じる瞬間――
それは、彼ら三人と一緒に過ごしているとき。彼ら三人と時間を共にしているとき。
彼ら三人の前だと、わたしは本当の意味で、ありのままのわたしでいられる。
いつも開放感があって、なんでも言い合えて、彼らがそばにいるだけで、わたしはたまらなく嬉しくなって、たくさん笑ってしまう。
――ありがとう。神様。
わたしはシャンパンをこくりと一口飲みながら、いるかどうかも分からない、神様に感謝を告げる。
――うん。いてもいなくても、どっちでもいいよ。だって今、わたしは、幸せだから。
新郎新婦の門出を祝おうと、会場にミッキーとミニーが登場した。参列した客たちから、わっと歓声が上がる。
まぶしいスポットライトの元に立つミッキーミニーは、わたしたちに向かってにこにこと手を振ってくれた。わたしも思わず、振り返す。
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ミッキーとミニーは、新郎新婦ふたりのケーキ入刀を一緒に見届けてくれた。
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――あぁ、すごい!
ミッキーとミニーがいるだけで、こんなにも、場が華やぐ。今日という日が、特別で素晴らしい時間なのだと、見ているわたしたちの記憶に、深く、やさしく刻み込まれる。
その後は、まさかまさかのダッフィーも登場して、新郎新婦ふたりを祝い、見届けてくれる。
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その後、新郎新婦はお色直しのため、会場を後にした。
わたしは、目の前にあるお洒落なコース料理を、ひとつひとつ味わう。コース料理は、いつも後半でお腹いっぱいになるので、少し困るのだ。
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友人たちと、「これ、何の料理だろうね?」なんて語り合いながら――こういう料理の詳しい内容や、味の良し悪しも、大人になったら分かるようになるのかな、と思ったけど、二十六になっても、全然分からないままだ――美味しい食材を堪能する。わたしの舌は鈍感なので、ありがたいことに、大抵のものは美味しく感じるし、この日出された料理は、実際、どれも美味しかったと思う。
お色直しから、新郎新婦が帰ってきた。わたしは思わず、うわあと声を上げた。新婦の彼女が纏うカラードレスが、とてもよく似合っていたからだ。
薄紫色の、ラプンツェルをイメージしたドレス。隣に立つ新郎の彼も、真っ青なスーツがぴかぴかと輝いていて、まさに王子様とお姫様が並んでるかのようだった。
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わたしは無限に、パシャパシャとスマホをシャッターを切る。今日ばかりは、どれだけ撮っても、撮り足りないぐらいだ。
その後、ちょっとした余興のコーナーがいくつか行われた後、新郎新婦と新郎新婦の両親の立ち会いのシーンになった。
新郎は、ミッキーのぬいぐるみを手に、新婦は、ミニーのぬいぐるみを手に、一歩二歩と並んで歩き、母親の正面に立つ。
ゆったりと、厳かなアナウンスが流れる。
――ふたりの持つそのぬいぐるみは、新婦新婦が、生まれたときの体重に合わせて作られたものだと。
わたしは結婚式に参加した機会がほとんどなかったので、この世には、こんなにも素晴らしいプレゼントがあるのかと、内心驚きながら、いたく感動した。ひどく心打たれた。こんなプレゼント、自分が親だったら即号泣してしまうだろう。
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――最後に、エンドロールとしてムービーが流れた。
新婦新婦ふたりの、生まれてから今日までの軌跡が、丁寧に、ゆっくりと紡がれてゆく。
わたしの知らない、ふたりの幼いときの写真をどこか懐かしく眺めながら、わたしは思う。
――人は、人生で主役になれる機会が三度ある、と聞いたことがある。
一度目は、この世に誕生したとき。
二度目は、結婚式。
そして三度目は、お葬式だと。
新郎新婦のふたりが、少しずつ成長するさまを、ムービー越しに眺めながら、たしかに、今日という日は、新郎新婦のふたりが、まぎれもない『主役』であることを、実感する。
わたしは、結婚式を挙げたことはない。
けれど、もしも将来、添い遂げたい相手を見つけたら――その誰かと、思いを共通できたのならば――わたしは、結婚式を挙げてみたい、と、たしかに思った。
そう思えたのは、今日、新郎新婦のふたりが、結婚式という特別な時間を通して、たくさんのことを教えてくれたからだ。
――誰かと、自分の人生を共にしたい、と願うその尊さを。
――誰かを、死ぬまで愛し抜くと誓う、真っ直ぐで純粋な思いを。
――そして周りの人間に、わたしたちはこうやって生きていくんだよ、とその未来を体現し、門出を祝う、奇跡が詰まったこの『結婚式』という一瞬一瞬が、どれだけ素晴らしいものなのかを。
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エンドロールが終わる。拍手の音は鳴り止まない。会場のそこかしこから、涙を流し、鼻を啜る声が聞こえてくる。
わたしも、瞳をうるませながら、胸の奥底からこみ上げる感情を噛み締めて、必死に拍手を送り続けた。
――ありがとう。そして、おめでとう。
わたしたち招待客が退場する時間がやってきた。
出口に、新郎新婦と新郎新婦の両親が立っている。
わたしは、新婦の母親に声をかけた。
「○○(新婦の名前)には、大学時代、すごくお世話になって――」
すると、新婦の母親はぱちぱちと目を瞬き、こう言った。
「あれ、もしかして――『すずちん』?」
わたしは、笑顔で「はい!」と頷いた。
新婦である彼女は、わたしのことを『すずちん』と呼んでいた。そして、母親が名前を覚えてくれるほどに、たくさんたくさん、わたしのことを、家族に話してくれていたんだな――そう気づいて、わたしは涙があふれそうになった。
わたしと新婦の母親は、思わず手を握り合った。
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触れた先から伝わる、その手の温かさを噛み締めながら、しっかりと、真っ直ぐと、母親のうるむ瞳を見つめ返す。
そうか――目の前にいる、この人が、彼女を産んで、育ててくれたんだな――
この人がいなければ、彼女に出会うことはできなかった。この人がこの世に誕生していなければ、彼女は生まれてこなかった。
あぁ、なんてすごい奇跡だろう――
どれだけの確率を乗り越えた先に、わたしと彼女が出会う瞬間があったのだろう。
人と人とが出会う奇跡を目の当たりにし――わたしは、また、心震えた。
――会場を後にする。
いつの間にか夜になり、少し冷えた空気が、火照ったわたしの肌を、やさしくゆるく、撫でてゆく。
――今日という日に、立ち会えて、本当に良かった。
その思いを、何度も何度も噛み締め、わたしはリゾートラインに乗り込んだ。
親友である新郎新婦の結婚式に立ち会い、そこで感じたとめどなくあふれる思いを――わたしは、帰りの電車に揺られながら、スマホに無我夢中で打ち込んだ。
『参列した友人たちは、式が終わったあと、皆、口を揃えて「いい式だった」と言っていました。
彼らの顔には、温かで満ち足りた、優しい幸福の表情が浮かんでいました。
こんなにも見ている側が幸せになれる結婚式は他にない。わたしは思いました。
――そしてそれは、新郎新婦、ふたりの稀有な人柄が成せる技なのだと思います。
新婦は、わたしが今まで出会った女性の中で、最も美しく、かつ、一緒にいて、一番リラックスできる存在です。
新郎は、わたしが今まで出会った男性の中で、間違いなく一番、他人を思いやる、心優しい人間です。
ふたりとも、優しいんです。温かいんです。だから皆が微笑むんです。彼らのうつくしい晴れ姿を見て。
純粋な優しさと無垢の愛が伝染した披露宴会場は、参列した人間を満ち足りたこころにしてくれました。
見せかけじゃない。ほんとうの愛と優しさが、ふたりのあいだには、たくさん、たくさん、つまっていて。
優しさと優しさがかけ合わさった結婚というのは、ここまで見てる人の心を幸福にしてくれるのだな、と。
わたしは、ただひたすら、嬉しくて、幸せでした。
世の中に、幸せの形はいろいろあるけれど
「このふたりの結婚」は
彼らを知る誰もが認め、そして、誰もが祝福する最上の幸せである。そう、わたしは確信しました。
そして、「幸せ」というのは
特別な何か、ではなく
きらびやかな、何か、でもなく
ただ――空気のように、そこに「当たり前」として、存在するものなのだと。
そして、当たり前にあるものを、時間をかけて、ゆっくりと、やさしく、温かく、育んでいくものなのだと。
その証拠に
纏う衣装は、特別にきらびやかでありながら
ふたりがたたえる笑みや、放つ空気は、ふだんと何ら変わらない、ごくごく平和で、愛しいものだった。
人と人との出会いが、ほんとうに、神様の采配によるものなら
わたしは
ふたりを出会わせてくれたことに、心の底から感謝したい。
そして、そんなふたりと出会えたこともまた、心の底から感謝したい。
ほんとうに、ほんとうに、おめでとう。
末永く、幸せに。
永遠に、愛してるよ。』