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忖度と配慮そして葛藤

「忖度しない」というのは難しい。
忖度は、そこいら辺に溢れています。

私の遠い記憶では、
学校の先生すら、特定の生徒に忖度しています。

でも、
「忖度」は良いイメージはないのでは?

「私は忖度しないです!」
と言い切れる人に憧れたり、
そうなりたい!
と思っても、いざとなると・・・

自分の忖度を正当化したくて、
「配慮」という言葉を使ったり、
「配慮」だと思い込もうとしたり・・・

大人って大変ですよね(笑)

忖度と配慮との狭間で
葛藤する大人達。

我が家の長男は、
「忖度」しません。

だからこそ、
相手を不快にしてしまう事もある。

そりゃそうです。
これだけ、忖度が溢れ、
忖度に慣れている世の中です。

そこに、
「忖度」せず、
思った事を口にするのですから(笑)

長男の忖度のない発言が許されるのは、
家庭の中だけ・・・

知的障害をともなう自閉症の長男を
理解し、受け入れている家族なら、
許されます。

しかし、家から一歩外に出たら・・・
世の中になじむ
という事が必要になります。

これも覚えなければいけないスキルです。

何が正しいのかはわかりませんが、
私は、
世の中になじむために、
本音を抑える事も必要だと思います。

自分と違う考え方をする人がいる。
その人の考え方を、
否定せず、受け入れる。

受け入れて、
「違う」と思えば、
その感覚を受け入れればいい。

私はこの一年間で、
「受け入れる」事の大切さと、
難しさを学びました。

このnoteという場や、
SNSの世界で、
沢山の考え方を知り、
多くの事を考えました。

これが、今年最後の記事になります。
今年一年で学んだ事を、
来年に生かします!!

引き続きよろしくお願いいたします。

今年書いた本はこちら↓から~


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