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#光る君へ第四十四回

道長と言えばコレ。
「望月の歌」の回。

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『小右記』寛仁2年(1018年)1016日条には、藤原道長が詠んだ和歌と、その後のやり取りが記されています。以下に該当部分の原文と現代語訳を示します。

原文:
太閤、下官を招き呼びて云く、「和歌を詠まんと欲す。必ず和すべし」と。答へて云く、「何ぞ和し奉らざらんや」と。又云く、「誇たる歌になむ有る。只し宿構にあらず」と。
「此の世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたる事も無しと思へば」
余申して云く、「御歌優美なり。酬答に方無し。満座只此の御歌を誦すべし」と。諸卿、余の言に響応して数度吟詠す。太閤和解して殊に和を責めず。

現代語訳:
太閤(藤原道長)は私(藤原実資)を招いて、「和歌を詠もうと思う。必ず返歌をしてほしい」と言った。私は「どうして返歌をしないことがありましょうか」と答えた。さらに道長は、「これは誇らしい歌だが、あらかじめ準備したものではない」と言った。
「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることも無しと思へば」
私は「御歌は優美で、返歌することはできません。皆でこの御歌を唱和するのがよろしいでしょう」と申し上げた。諸卿も私の言葉に応じて数度吟詠した。太閤も機嫌を直し、特に返歌を求めなかった。


我が世の春を歌ったと解釈されるのが一般的でしょうが、戯れ歌のようなものって説もありますかね。
まあ、戯れっぽいかなw。


ドラマの方では、権力の頂点に立ちながらも、娘たちには政治の道具として扱っていることを批判され、権力を独占していることを友にもたしなめられる道長は、「終わり」の気配を身に纏っているように思えます。
その中で「月」を歌ったのは、
「お前と見た<月>に誓った道を歩んできたことを、お前だけはわかってくれるだろうな」
という想いが込められているようにも見えます。
それらの全てが、虚しいものとなっていくのかもしれないけれども…




さてさてあと数回。
どういう終わりを見せてくれるのでしょう。
周明が再登場するようですから、刀伊の入寇へ向けて…って感じでしょうか。
倫子とまひろが一対一で対峙するシーンは、ちょっと緊張感が高まりましたw。

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