怒ってばかりの日々:役所にて
そのときの感情に任せて、自分の言いたいこと、ばかりを書いてきた。
ファンが読む文章ではないのに。まったく押し付けだ。
今更ながら、楽しく読んでもらえるもの、を書くべきなんじゃないのか、と気が付いた。
ああ、本当にエッセイって難しい。
あるとき、文芸サークルの仲間の一人から
「感情の総量が大きいのでしょう」と言われたけれど、それはむしろ逆で、
私ほど狭量な人間はいないんではないか、と考えている。
だからこそ、ちょっとしたニュースや、それこそ道行くマナーの悪い人なんかにでも、いちいち、いちいち、腹が立つ。
そして、それをつい、エッセイに書いてしまうのだ。
こんなにくたびれる世の中なのに、人の怒りに触れるなんて、読んでいるほうは「もうこれ以上勘弁して」なのではないか。
それにしても、どうしてこうも腹の立つことが多いのだろう。
ふと周りを見回すと、それこそ怒っている人もまた、多い。
ああ、そうだ。
先日は逆に私が、怒られたような気分になる、ということがあった。
それは役所に行ったときのことで、私は年金の窓口にいた。
窓口の係に質問をし、答えてもらったことは既に知っていたので、その手続きが済んでいるのかを調べたくて来たのだ、と伝えた。窓口の女性は面倒くさそうに、では年金番号を教えてくれ、というので持参していた年金手帳を預けた。
女性は後ろに引っ込み、少ししてから、やはりわからなかった、手続きが完了するまでは1.2か月かかるようだからもうしばらく待つように、と言った。
そうかわかりました、では健康保険も同じでしょうか、とまた質問した私に、それは健康保険課で訊くように、と女性は言う。年金と健康保険はセットが通常なので健康保険証を見せながら「この日付で切り替え済んでいるはずですよね?」としつこく尋ねたら、いよいよ面倒くさそうに「健康保険課の番号札をもらいなさい」と言われた。
係の女性は、エプロン姿の、多分他の窓口の人もそうなんだろうけれど、非正規雇用のアルバイトなのだろう。だから、担当する窓口の業務しか、わからないのだろう。しつこく訊いちゃ、いけなかったのだ。
この後、私は健康保険課の番号札をもらい、窓口で手続きを訊いてみたところ、なんと書類を書かされた。新しい健康保険証をもらうだけではいけなかったのだ。ああ、行政の書類って、なんて不自由なのだろう。
このときに思ったのは、窓口の業務こそ、正規雇用のある程度の知識を持ち合わせた人材が必要ではないのか、ということだ。
だって、私が年金のことを訊ねたとき、係の人は、健康保険課にも行け、とは言わなかった。私はたまたま「もしかして必要かな?」と思い当たったからついでに手続きができたけれど、気付かなければ、きっと後日また、役所に出向くことになっていただろう。
役所の窓口で時々怒っていたり、怒鳴っているような人って、二度手間三度手間を掛けさせられた人だったり、質問の答えが説明になっていないような場合だったりするんじゃないのか。
そもそも、役所の手続きって、人生そう度々あることじゃない、わかんなくって当たり前だ。ひとつの質問で、いくつかの案内ができるようであってほしい、と思うのだけれど。
残念ながら私の住む街の役所では、受付案内に立つ人からして、エプロン姿の非正規だ。何の御用ですか?はい、番号札です、〇番窓口にお並びください、しか言わない。
ああ、結局私の頭に残る日々のネタって、怒りなんだな。
我ながらうんざりする。