文章教室課題提出作品「換骨奪胎」
『換骨奪胎(かんこつだったい)とは、「先人の詩や文章などの着想・形式などを借用し、新味を加えて独自の作品にすること」を意味する四字熟語です。』
講師はこれをお題としました。
自身の好きな作品を簡単にプロットに起こした上で、自分の作品に書き換えなさい、と。
わたしはこの講義は仕事と重なり受けられなかったのですが、
作品つくりには参加しました。
今回は作品そのものへの直しはほぼ、ありませんでした。
講師からの添削箇所は太字です。
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しあわせな日曜日
【幸運】
――あのアイデアは、ぼくのものだったのに。
日曜日の朝はいつも、かごに道具と猫のピートを乗せ、上野の大きな公園へと自転車を漕いだ。着いたら支度をし、シャボン玉でお客さんを楽しませた。子どもたちの歓声と、足を止め笑顔を見せるおとなたち。その瞬間は何も持っていないぼくの、何も持てなかったぼくにとっての、初めてと言ってもいい、大切な時間になった。ひとつに結んだ長い髪がトレードマークの、ちいさな女の子はお得意様で、いつの間にかピートとも仲良しになった。見てくれたお客さんにときどき連絡先を尋ねられることもあり、友人のいないぼくは、喜んで教えた。ほんとうに親しくなれたのは、あいつだけだったけれど。それなのに、初めてできた親友と思っていたあいつに、ぼくはあっさりと裏切られた。
【裏切り】
「そのシャボン玉、すごいね。一体どうやって液を作っているの?」
ぼくの肩に親し気に腕を回し、屈託のない笑顔で訊いてきたあいつ。ぼくのことを親友だとうそぶいた彼に、ぼくは、ころりと騙された。
――じゃーん、皆さん、これは必見ですよ! 見逃し注意! いいですかー……。
はいっ! きれいな大きなシャボン玉ができました! 続いて割ってみましょう……。割るといっても針を刺すだけじゃあつまらない! ここからがほんとうの見どころ! 猫の登場です! はい、ピートくんお願いしますね……。(ピートがシャボン玉にじゃれる)はい、みごと割れました! (キラキラパウダーが舞い散る)ひとつじゃつまらない。連続していきましょう! (機器がいくつもいくつも、シャボン玉を放出し、それをピートがつぎつぎに割っていくことで、部屋中がパウダー効果の輝きで満ちていく)
【敗北】
インスタグラムへの投稿がSNS上で評判となり、インスタライブから更に火がつき、あいつは、瞬く間にシャボン玉芸人として人気を博していった。公園で同じ芸を見せるぼくは、反対に、物まね芸をやっていると罵声を浴びせられるようになった。あのシャボン玉の液は、簡単に割れないように何度も試作を重ね、やっとできたものだったのに。割った時に舞い散るキラキラパウダーだって、たくさんの粉を試して、一番軽くて輝きが美しいものを選んだのに。シャボン玉の中にパウダーを入れることのできる道具も、何度も失敗しながらやっと作ったものだったのに。
けれど、罵声よりも何よりも辛かったことは、シャボン玉だけでなく、もっともっと大切だった猫のピートまで奪われたことだ。ちくしょう、なんだってピートを貸してしまったんだろう。夜が寂しいから一晩だけ猫を貸してって言われたのだって、結局嘘だった。ぼくは、どうしてこう、いつも運がないんだ。いや、きっと人を見る目がないんだ。猫のピートこそ、いちばんの親友だったのに。
「ピート……。お前だけでも、戻ってきておくれ」
なんど呟いても、返事は聞こえない。いつもぼくを見上げていた美しい瞳も、みつけられない。あんなに楽しみだった日曜日が、いまは大嫌いだ。
【転機】
ふだんは一向に鳴らないぼくのスマホに、ある日着信が入った。
「お話し(トル)があります、一度会えませんか? あなたのシャボン玉芸のファンです」
以前、公園で連絡先を教えたひとだった。指定された喫茶店で向かい合った彼は言った。
「あの芸人こそが偽物ですよね。 訴えて戦いましょう!」
その人は、ぼく以上に怒ってくれていた。ぼくは、その言葉だけで嬉しくて泣いてしまった。それからたくさん話し合った。争いたくない、ピートさえ戻ってくればそれでいいというぼくの意見に最後まで反対していたけれど、彼はなんとか受け入れてくれた。
一週間経ち、そのひとはぼくの家にやってきた。ピートと女の子を連れて。
「わたしの娘なんです。この子が実はいちばん怒っていて。パパ、ピートが盗まれた! ってね」
ひとつに結んだ長い髪の、ぼくのちいさなお客様。涙で目がかすんでしまい、顔が見えない。
ピートがぼくの腕に戻った。ほっとしたかのように、喉をごろごろとずっと鳴らしている。ピートだけでなく、ぼくの横には、今はほんものの友人たちもいてくれる。ちいさな女の子とそのパパだ。
「あの芸人に、この動画を見せつけてやったんですよ。拡散させたら、お前は芸を盗んだ泥棒呼ばわりされて炎上必至だろうな、って。そうしたら震えあがってね。拡散されたくなかったら猫を返せって迫ったら、あっさりとピートを返して寄越しました」
そう言って見せてくれたスマホ動画の一覧には、ぼくが公園で毎週行っていたシャボン玉芸が、たくさん登録されていた。
「娘の記録として残していたんですけれどね。思わぬところで役に立ちました」
彼は、はにかんだ笑顔を見せた。
【再起】
あれからぼくは、ちいさなお客様のための、新しいシャボン玉芸を構想中だ。今度はずっと大きなシャボン玉を、もっとじょうぶな液で作る。そしてお客様をシャボン玉でくるみ、その中にキラキラパウダーを入れるんだ。それがはじけたとき、キラキラパウダーがその子を包む。たくさんのきらめきの中にどんな表情が見られるだろう! ああ、想像するだけでわくわくする。なあ、ピート。ぼくのだいじな相棒。
ぼくとピートのしあわせな日曜日が、ふたたび始まる。
了
〈参考〉
夏への扉 ロバート・A・ハインライン
猫と暮らす男 (平凡でつまらない日常)
発明品が大ヒットする(幸運)
妻が親友と結婚、興した会社と発明品も奪われる(裏切り)
コールドスリープさせられる(敗北)
目覚める。愛猫そして美しくなった姪と再会(転機)
再び発明し、大ヒット。その発明品によって奪われた会社を追い詰める。(再起)
姪と結婚、幸福を感じる
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講評
そつなくうまくまとまっています。
「あいつ」がどういう男なのかわからないのは残念なところですが
全体はうまく構成されています。
ただ原作が大きな物語だっただけに、5枚にまとめるのに無理があったようです。5枚だと場面が一つか二つしか書けませんので全体的に小さくまとめるのではなく、どこかに焦点を当てそれをいかに切るかを考えたかったですね。
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