思い出「人生最高の日」
【最高の日の始まり】
24歳の時。
銀座に買い物しにバイクで向かっていた。
この時の買い物は、オーディオシステムを買いに行った。
インターネットの懸賞で、商品券が当たったからだった。
確か、5万円の商品券が当たった。
その商品券と、貯金を足してオーディオを買う予定でいた。
俺は、この時商品券が当たった事で凄くウキウキしいた。
懸賞に当たる事なんて滅多にない。
もしかしたら人生の最初で最後かもしれないと、思っていた。
でも商品券は、銀座三越の商品券。
このお店だけしか使えない。
三越全店ではなく、なぜか銀座の三越でしか使えなかった。
俺は、限られたお店で限られた物しか買えない状況だった。
このお店に、俺の求めている物があるかどうかなんて解らない。
銀座三越に俺の人生をかけて商品券を使い、欲しい物を手に入れたかった。
そんな先の見えない不安と、商品券が当たった喜びに包まれていた。
【最悪の日の始まり】
俺は、中央通りを銀座方面に向けて走っていた。
道路の脇には、違法駐車の車が長い行列を作り止まっている。
俺は、違法駐車の車と普通に走行している車の間をすり抜けていた。
すり抜けしながら、しばらく走って交差点に差し掛かかった。
俺は、信号が青なのでそのまま走り抜けようとした。
そうしたら、右側から凄い勢いでBMWが右折して来る。
俺は、そのBMW右折スピードが速くて避けられなかった。
そしてMBWと衝突してしまった。
この時バイクの右にBMWが、勢いよく衝突してきた。
俺は、そのままボンネットに乗り上げ吹っ飛ばされてしまった。
BMWのボンネットを滑る様に乗り上げ、そのまま地面に転げ落ちた。
落ちた瞬間、何が起こったのか解らなかった。
取りあえず立ち上がろうとしたら、何だか体の動きが鈍い。
でも、何とか立ち上がる事が出来た。
【最凶の日の始まり】
この時、本当は体中痛みが酷かったはず。
でも、事故のショックで痛みを感じて無かった。
そんな俺を見て、通行人と運転手が即駆け寄ってきてくれた。
そして、すぐに救急車を呼んでくれた。
俺はこの時、立ち上がれて歩けるから平気だと思っていた。
でも事故の目撃者によると、俺は頭を強く打ったらしい。
なので危険だから、救急車を呼ばれ病院に強制連行されてしまった。
救急車に乗り込む時、俺は立ち上がれていたから担架には乗らかかった。
そのまま歩いて、救急車に乗り中で座って病院に向かった。
そして、病院に到着して救急患者として扱われて診察を受けた。
でも、普通に診察を受けて脳波を取り、取りあえず異常はなかった。
この頃になると、なぜか体中に物凄い痛みが出てきていた。
事故った時、全身に車や地面の衝撃を受けていたからだった。
そして、警察の人が病院に来て事故の事情聴取をする為警察署に向かった。
【忘れかけた最高の日に乾杯】
俺は、この時人生で2度目のパトカーに乗せられてしまった。
このまま警察署に行き、事の経緯を話した。
そうしたら、この形態の事故は結構沢山あるらしい。
右折する車は、左側の車が止まっているのを確認して右折する。
でも、さらに奥からバイクがすり抜けてくるのまでは見えない。
そもそも、バイクがすり抜けりている所は、走行車線内と扱われない。
この事故の責任と保険適用は、保険会社同士で決められる。
警察署に出向いたのは、ただの事故原因の報告だけだった。
特に免許の点数も引かれなかった。
そして帰る時、なぜかバイクが警察署にあった。
レッカー移動させられて、しかも駐禁まで貼られていた。
俺は、これで点数を惹かれ罰金を払わされる事になってしまった。
そして体が痛む中、駐禁が貼られてた壊れたバイクに乗って家に戻った。
家に到着した時、やっと商品券で買い物しに行く事を思い出す。
でも、体が痛くてもういいやと言う気持ちになった。
俺の最高の日は、こうして最悪の日で終わってしまった。
その後、事故の保険は相手側に30%払う事になり、保険料が値上がった。