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甘えたな子

朝比奈秋氏の「植物少女」とても良い本でした。
三島由紀夫賞なるほどです。

朝比奈氏の作品「あなたの燃える左手で」も大変ショックを受けましたが、彼の視点や取り上げる切り口はさすがにお医者さんという感じなのだと思います。

私なんかは自分とか周囲の人の病気しか関心がなく、医療の現場もあまり興味がないのですが、病院の奥にあるまぎれもない現実を紹介してくれています。

その「植物少女」の中に聞きなれない言葉が出てきました。それはタイトルにもしている「甘えたな子」。

場面は

「私の母は動かないし、喋らない、目も明けないし、笑わない。それがよかった。しかし、目の前にいるのは、やはり普通に生きてきたあの女性が脳にダメージを負って、何もできなくなった人。
それが今の母で間違いなさそうだった。
そこからしばらくの間、母を訪れると動画の声がどこからか聞こえてきた。朗らかに笑い、時に父や祖母をたしなめるような強い声。
そんな声を出す女性が母に重なると、
”もう、甘えたな子”
と目をぱっと開けて、瞼が開いた勢いで私はどこかに吹き飛んでしまいそうだった。」

植物状態である母親の、元気だったころの動画に残っている声が聞こえるのです。

その「甘えたな子」っていったい何じゃろうか、方言なのかな、とググると、関西の方で使う「甘えん坊、甘えっ子」のことだそうです。ああ、この主人公は標準語で会話しているけれど、作者同様に関西人なのかと、これ以降小説の場に現実感が少し感じられました。

話のテーマは植物状態の母親と娘の関係、母親は反応するだけなので、娘からの一方的な会話や働きかけが中心ですが、どうもそういうことではない、つまり娘が声を掛けるのは口はきかないけれどそこには母親がまぎれもなく存在するし、母親の手や口、髪を始め全身を触れあう(下の始末もします)のは、肉体的な接触が続くということ。

この社会では肉親であっても普段から話をしなかったり、触れ合わないのは決して少数ではないと思います。それに比べるとこの主人公の親子の関係はどう表現すればよいのだろうか、読後に強く感じました。
「甘えたな子」とはまさに、その関係を示している言葉だし、最後には親子が同期している瞬間もあったのが忘れられない場面でした。

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