見出し画像

揚げ豆腐とプラごみ

SDGsというのは単なるファッションで、きれいごとに過ぎず実体とはあまりに距離があることは誰もわかっていることなのでしょうが、建前が大手を振るこの世の中、未来に対する無責任な姿勢であることは間違いありません。

岸田君が駆け足で行ってきたこちらも、やはり「やった感」を見せるだけで、実体とはあまりに距離があるようです。それは経団連という大スポンサーの御意向に逆らうわけにはいかないという、骨身にしみわたった現状維持志向によるものだと思います。

実はこの所バタバタして見れずに録っていた録画を見て大変ショックを受けたものがあります。それは「人新世 ある村にて」

インドネシアのある村(大きな穴のある貧しい地域)に世界中からプラスチック廃棄物が届く。それはトラック一台500円くらいのものだが、それを地面に広げて乾燥させる、併せてその中のゴミを手で選別し、高く売れるもの、そうでもないものに分ける。それでも収入はインドネシアの最低収入の4500円に満たない。しかしそれ以外に生活の糧を稼ぐ手立てがない。
売値がつかない乾燥させたプラごみは、またトラックに詰まれ、今度は隣の村に運ばれる。そこは「揚げ豆腐」で有名な村で、かつては火力の元が薪だったものがコストに合わず、先ほどの廃棄プラごみが燃料としてくべられる。もともと石油製品なので、高温で燃え、揚げ豆腐の油には最適の燃料だそうだが、一方で処理などされていないので真っ黒で、また強烈な臭気をあげる。その中、朝の5時から夕方5時まで立ち仕事でひたすら豆腐を揚げ続ける女性たち(女性中心なのはインドネシアが男性優位で女性の仕事の場が限られているから)。
その工場の周囲は、空気中にマイクロプラスチックが飛び交っている。工場の向かいには小学校に通うこともあきらめた10歳くらいの女の子が一日過ごしている。
彼らの姿を見ていると、私が現状を先送りすることで少女も含めたこの地域に何を及ぼしているかがまざまざとわかります。
私がこの村で生まれていたら、私の娘が豆腐を揚げ、孫が学校にも進めず、マイクロプラスチックの飛び交う村で住むしかなかったら。
決して他人事として、また遠い地域のこととして見るわけにはいきません。

COP28では温暖化を中心として「化石燃料の利用」について話があったようですが、「化石燃料」から生み出されるこれらの廃棄物はどうするのでしょうか?
例えばユニクロは幾つかの取り組みをしているようですが、基本は石油由来のアパレルを含めて製造し販売するための後処理です。
それは素晴らしい取り組みだとは思いますが、結局は巨大な消費の上の話。

この番組に「人新世」がついているように、人類が地球上に住むバクテリアや生き物が分解し、循環するようなボリュームを越え、地球そのものに加速度をあげて負荷をかけているのが「人新世」の今の意味だと示していました。

巨大な消費、自然が分解循環のサイクルが困難なもの(プルトニウム等)を使うことは、今の自分ではなく未来に対する重大で明白な犯罪行為であることが、この番組を見てわかりました。ユニクロもいいですが、私は石油由来のアパレルの購入はしない、少々高くても綿や毛等の自然由来の原料のものをこれからは購入しますし、今持っているものも補修しながら着続けます。
もちろんレジ袋は絶対に新たに使いません。

恐らくこういうことを書くと「じゃあインドネシアの分別する人の賃仕事はどうするのか?揚げ豆腐の燃料高騰により彼女たちの職が無くなったらどうするのか?」という人はいると思います。
それは取り上げて終わりではなく、彼らがどう健康に生きることができるか、生活の糧を得ることができるか、ということまで含めたリサイクルの責任が消費者にはあるはずです。エブリデイ・ロー・プライスの時代ではありません。
レジ袋は有料になりましたが、それはレジ袋をいかに減らそうかという運動であったはずです(決してスーパーのレジ袋代のコスト削減の話ではないはずでした)、結果としてレジ袋の対価は消費者が負担していますし、それも定着したはずです。同様に遠く離れた処理場であっても、知恵とお金を使うべき、負担すべきなのではないでしょうか。

いいなと思ったら応援しよう!