隣人の収穫

【場所】 

とあるアパートのゴミ捨て場。

【人物】

ヒトトセ(女) 二〇一号室に住んでいる。
カマツカ(男) 二〇二号室に住んでいる。
イトウ(女) 二〇三号室に住んでいる。


【隣人の収穫】


夜。
明転。街灯の明かりがぽっかり浮かぶ。
そこはアパートの共同ゴミ捨て場である。
女が一人いる。

女  ……。

女、どこかそわそわしている。
誰かが来るのを待っているような、そんな様子。

女  ……!

何かに気付き、一度はける。
少しすると、男がゴミ袋を持って入ってくる。

男  ……。

男、ゴミ捨て場を見る。
そこはゴミ捨て場だが、まだゴミはない。
どうやら男が一番乗りのようだった。
そっとゴミ袋を置く。
男、去ろうとする。
男の前に女が出てくる。

男  (少し驚いて)……っ。
女  こんばんは。

女、ゴミ袋を抱えている。
明らかにしらじらしい。

男  こんばんは……。

男、立ち去ろうとするが、女が立ちふさがる。

女  ……ごみ、捨て、です?
男  あ、ええ。そうです。
女  奇遇ですね。
男  ……そうですね。

男、去ろうとする。

女  あ! あの、あの!
男  はい?
女  えっとー……。
男  ……?
女  ……この間は……ありがとうございました。
男  ……はい?
女  えっと、なんだ、あのえっとえっと。あの、ほら、わざわざ……。
男  わざわざ……?
女  助かりましたー。
男  (よく分からず)あー……そう、ですか? ははは……。
女  はは……。
男  なんでしたっけ?
女  ですよね。ほら、あの……あ! (回覧板のジェスチャーし)回覧板!
男  ……回覧板! 回覧板ね!
女  いつもありがとうございます。
男  いえいえ、とんでもない。
女  回していただいて。
男  あ、ということは……ヒトトセさん? お隣の。
女  え?
男  僕が回すのいつも、ヒトトセさんだから。
女  そ……っ! そうです!
男  そうでしたか。いや、すみません。気付かず。
女  いえいえ、こちらこそ、お恥ずかしいです。
男  いやあ、ああそうですか。ヒトトセさんはお一人かと思っていました。
女  ああ、ええ?
男  妹さん?
女  は、はい。
男  じゃあ、今日は妹さんが?
女  はい?
男  妹さんがゴミを?
女  あ、そうですね。そうなんです今日は。いつもはね、私じゃないんですけど……今日はホラ、ちょっと、具合が悪くて。
男  え? お姉さんがですか?
女  ハイ。
男  大丈夫ですか?
女  いえ、まあ、大丈夫です。
男  そうですか……。

男、女が手に持っているゴミを見る。

女  ああ、すみません。引き留めてしまって。
男  いえいえ。

二人とも立ち去ろうとしない。
よく分からない空気が流れる。

男  ……あの、それ……。
女  あっ、はい?
男  (ゴミ捨て場差し)良かったらどうぞ。
女  ああ、そうですよね。ハイ。やだなあ、私、ずっとゴミ袋持ちっぱなしで。
男  ハハハ。

女、名残惜しそうにゴミを置く。

女  置きました。
男  ハイ。

何故かお互いに離れがたい雰囲気。
女は男と離れたくなく、男はゴミを気にしている。

女  あの、もしよかったら、何ですけど。……まだ、お時間ありますか?
男  えっ、時間? 僕ですか?
女  いや、せっかくお隣さんとこう、こんな夜にお会いできたので。ちょっとお茶でも……。
男  お茶!? いや、ちょっと……僕は……。
女  時間、微妙ですか?
男  あの……。実は、そうなんですよ。
女  そしたら、あの三十分!
男  はい?
女  (場内の時計みて)あ、いや、まずいな……。二十分! ならどうですか?
男  (たじろぎ)ニ十分?
女  少しだけでいいんです。お話しませんか?
男  (困ったように)あー。
女  十五分! これでどうですか!
男  そうですねえー……。
女  十五分も、惜しいですか?
男  ちょっと、その、のっぴきならない用事が……。
女  ……そうですよね。こんな汚えゴミ捨て場で会った見ず知らずの女に、あなたの長い長い人生のうちのほんの(虫みたいなのジェスチャー)こんっな虫けらみたいな細かい時間もさけないですよね……。
男  いや、そこまで自分を……。
女  いいんです。いいんです。私がキチガイでした。所詮ノミやダニなんです。
男  そんなに言ってない!
女  忘れてください。では。

女、立ち去ろうとする。

男  あ、あの!

女、ぴたりと立ち止まる。

男  すこーし、だけなら……。
女  ……え。
男  (さっきの虫のジェスチャー)すこーしだけなら、時間できます。
女  こんな、ノミダニでいいんですか?
男  ハイ! (独りごち)いやここで「ハイ」って言ったら、ノミダニを肯定してしまう……。

女、にこにこする。

女  ふふふ。
男  嬉しそうだ。
女  えっと、ちょっと待ってください。どうしましょっか、喫茶店に行く時間も勿体ないですし……。あ、そしたら!
男 はい?
女  (言いかけ)うち……。
男  (すごい食いつき)お宅に行っていいんですか!?
女  (すごい拒否)うちはマズいです!
男  えええ!?
女  うちから、持ってきます! ちょっと待っててください!

女、ハケる。

男  ……何を?

女、コーヒーカップを二つ持って出てくる。

男  早っ! 
女  ハアハア……。
男  (コーヒーカップを見て)三分クッキング……?
女  喫茶店に行く時間はないですけど、よかったら、ここで。

女、男にコーヒーカップを渡す。

男  ……それでは。

男、コーヒーカップを受け取る。
二人、街灯の下、ゴミ捨て場の垣根に腰を下ろす。

女  すいません。こんな急に。
男  ああ。いえ、気にせず……。

ふたり、コーヒーを啜る。

女  あの、すごい失礼なことか分からないんですけど。
男  はい?
女  お名前……聞いていいですか?
男  名前……あ、カマツカです。
女  カマツカさん! カマツカさんだったんですね。表札に名前がなかったので……。
男  ああ確かに。僕は出してないですね。
女  最近、表札に名前出さない方多いですよね。そういう風習なんですかね。
男  防犯とか……。や、でも、回覧板に書いてたから、てっきり……。
女  夜に、出すほうですか?
男  ……えっと……。
女  夜に?
男  よ、夜に? あ……ゴミ?
女  あ、そう、すみません。ゴミの話。
男  あー、はい。そうですね。だいたい夜……。
女  私もこの時間なんですよ!
男  そうなんですか。
女  いつも夜に、されるんですか?
男  大体そうですね。
女  朝起きるの辛いですよねー。
男  そうですねえ。
女  だいたいゴミって「朝八時までに出せ」っていうじゃないですか。
男  ああ、言いますね。そう決まってるみたいで。
女  早いと思いませんか?
男  まあ……会社員の方なんかは、出勤ついでに出せるんでしょうけど。
女  そうですね……。会社員、ではないんですか?
男  僕ですか? ええ、自宅作業なもので……。
女  へー! 何か作られている?
男  ええ。文章を。
女  作家さんですか?
男  そうですね、物書きです。
女  すごい! ご本とか出されてるんですか?
男  いやぜんぜん。ウェブのライターみたいなものです。
女  そうなんですか……かっこいい。
男  そんなことないです。そんな。
女  そしたら、夜型なんですか? やっぱり。
男  そうですねえ……夜更かしが多いかもしれません。
女  それなら、夜にゴミ出ししちゃいますね。
男  その方が都合がいいですね。
女  わかります。
男  それなのにゴミ収集車は昼過ぎに来たりするし。
女  そう! 「朝八時までに出せ」っていうのに八時に取りにこないんですよ! なんの「朝八時までに出せ」なんですかねえ。
男  それでもびびって朝八時までに出そうとしてしまいますね。
女  そうそう、間に合わない方が怖いですから。
男  もしかしたらがありますから。
女  もしかしたら「朝八時」に来るかもしれない。
男  有り得ます。その時の収集員の気合次第で。
女  有り得ますね。
男  朝八時までに出せっていうなら、そのくらいの時間にきてほしいものですよね。
女  本当ですよね、守ってるこっちが馬鹿らしい。
男  ……。

女、あたりを見回し。

女  この前、ここ荒らされてたの知ってます?
男  え……?
女  朝、この辺りに生ごみがババーって散らかっていて。
男  へえ……。カラスの、仕業ですかね。
女  なんで食べ物が入ってるって分かるんですかね、カラスって。
男  鼻がいいんですかねえ。
女  ええ? カラスって鼻があるんですか?
男  知りませんけど……。
女  ゴミ袋の中身、ほじくられて全部引っ張り出されて丸見えだったんですよ。カップラーメンの容器とか、野菜のくずとか、食べ残しの何だか分からなくなったものとか。
男  あー、ひどいですね。
女  でもあんなに丸見えだったら、ちょっと想像しちゃいません?
男  想像、ですか?
女  「ああ、このゴミ袋の人、こんなもの食べてるんだなー」とか。カップラーメンとかお惣菜の容器も入ってるところをみると、「自炊しないのかな? 男の人の独り暮らしなのかな?」 とか。「偏っててよくないなあ」、とか。でも野菜くずも混じってるのを考えると、申し訳程度に自炊するんですよきっと。インスタントラーメンにキャベツやニンジンをちょい足しする、程度の。食事に気を遣おうとしてるんでしょうね。気休めに。
男  ……想像力が豊かですねえ。
女  作家さんにそう言われるの、恥ずかしいです。
男  いやいや。
女  でも、そういうの面白くないですか?
男  ええ。とても興味深いですね……。
女  ですよね。
男  ……僕のせいなんですかねえ。
女  え?
男  夜に、ゴミを置いてるから。
女  いいんですよ。みんなやってますから。
男  ……。あの、ところで。
女  はい?
男  ……他の方とも、他の住民の方とも、お話されるんですか? こうやって。
女  え、全然。
男  じゃあ、(コーヒーカップ持ち上げ)こういう風なことは……。
女  初めてです。
男  そうですか。あの、僕らって……面と向かってお会いしたことありましたっけ?
女  え?
男  ごめんなさい。僕、今日まで、あなたのお顔を知らなかったんですが。
女  ああ、はい、それは。
男  回覧板もいつもヒトトセさんのポストの方に入れてるもので。
女  そう……ですよね。
男  あなたは僕の顔をご存知だったようなので。どこかで会ったのかなって。
女  えーと、そうですね。……何度かすれ違っているんですよ。
男  あ、そうでしたか。
女  あとお宅から出てくるのをお見掛けしたこともあって。
男  へえ。
女  よく……お部屋で音楽聞いてらっしゃいますよね?
男  ……きいてます。
女  よくこちらの部屋まで聴こえてくるんですよ。
男  ……壁、薄いですもんね。すいません。
女  いえいえ、そうじゃなくて。なんか聴こえてくるたびにだんだん好きになっちゃって。私も好きです、あの曲。
男  それは、よかったです。
女  あと日曜のお昼に、洗濯機回しますよね。
男  それも聞こえてるんですか?
女  洗濯機の動いてる音が。でもさっきライターさんだと聞いてピンときました。週一で回す方ですか?
男  ええ……。
女  そういう洗濯機の音とか音楽とか、勝手に親しみをね、感じちゃって。なんだか一緒にいるみたいな……。
男  ……。
女  すいません。気持ち悪いですね。
男  いえ、そうじゃないんです。それじゃあ、お姉さんにも聴こえているってことでしょうか。
女  え!?
男  お姉さんにも、僕の生活音が?
女  姉ですか? えっと……そ、そうです。「何の曲だろうねー」って。
男  (即答し)『ゴーマイウェイエニシング』です。
女  ん? それは……。
男  曲名です。
女  ……へえ。今度、探してみますね。iTunesで探して……。
男  iPhoneですか?
女  はい、そうですよ。
男  俺もです。
女  へー! あ、おそろいですねえ。
男  お姉さんも?
女  姉ですか?
男  お姉さんもiPhone?
女  そう、だと思います。
男  機種は? 僕はiPhone8なんですが。
女  それですね!
男  色は?
女  エー……ゴールド?
男  (天を仰ぎ)ああっ! 僕は黒です……。
女  ……あの、私は黒です。
男  (即座に)お仕事は何されてるんですか?
女  あっ、保育士です。
男  保育士さん! そうですか通りで。
女  どおりで?
男  優しい雰囲気をお持ちだなあと思っていました。
女  あ、そんな。そうですか?
男  子供がお好きな方なんですね。
女  そうですね、好きです。
男  よほど面倒見のいい、お姉さんなんですね。うらやましい。
女  はい? 姉ですか?
男  あれ? お姉さんの話じゃ、なかったんですか?
女  やだ、私の話でした。ごめんなさい。恥ずかしい。
男  や、僕も勘違いして。
女  いえ、私が話の筋を勘違いしてしまって。
男  保育士さんなんですねー。
女  そうなんです。
男  へえー。
女  ……。
男  ……。
女  あの。とくに興味ないですか? 私に。
男  いや! いや! そういうわけじゃ……。
女  いいんですよ、本当のことを言っても。どうせ私はノミダニです。
男  そうだなあ! 保育士さんて、大変そうですよね。
女  そう見えます?
男  ええ。だって福祉ってのは責任がありますし、体力勝負だっていうじゃないですか。
女  いや、本当に。
男  何が、大変ですか?
女  子供が元気すぎますね。
男  へえ、良い事ですね。
女  そんなこともないんですよ。もう言うこと聞かないし。
男  ああ。
女  あと大変なのはママの派閥ですね。それに気を遣うのが大変です。職員の子供との遊び方とか、叱り方とか、すぐにいちゃもん付けてきますし。園の方針を説明しても聞かないし。あと最近ね、男の保育士さんってすごく増えてるんですけど、なんか気が回らないというか……特に代々木ってのが本当つかえなくて。でもママさんたちはやっぱり、男の保育士さんが好きですね。私には「叱り方が怖い」とか「子供のフォローが甘い」とか「食べさせ方が雑」とか、いちゃもんばっか付けてくるくせに。代々木にはニコニコニコニコするんです。若い男に飢えてるんですかね?
男  ……溜まってますね。
女  あ、つい……。すみません。喋りすぎました。
男  いえ、吐き出せるときに、吐き出した方が。
女  そうですか? あとこの前、代々木が……。
男  (遮って)あ、あの。ちなみになんですけど!
女  はい?
男  お姉さんはご仕事、何されてるんですか?
女  へっ。えっと、あの……保育……。
男  お姉さんも保育士ですか!?
女  (びびって)事務、です。
男  事務?
女  あー、えっと、保育園の事務。
男  保育園の事務?
女  保育園で事務員やってます。
男  あー。へえ。もしかして、ご一緒の保育園に?
女  ええ、ええ。彼女は事務で、私は保育を。
男  面白いですねえ。
女  私は、身体を動かす方が得意ですので!
男  姉妹で同じ職場って、いいですね。楽しそうで。
女  そうですね。
男  職場は近いんですか?
女  ええ、隣町の保育園です。
男  そうですか。あれ? 
女  ?
男  同じ職場なのに……一緒に出勤はされないんですか……。
女  は……? 
男  ところで、その代々木って男はどういうやつなんですか?
女  ……代々木ですか? いや、適当なやつですよ。子供の扱いがちょっと雑です。外面はいいけど。
男  外面がいい? もしかして、イケメンですか?
女  ブッフォ! イケメンなんかじゃないですー。まさかまさか。
男  でも、ママさん方にはモテるんでしょ?
女  んー、若いからじゃないですかね。
男  その、保育園の方々は皆さん仲がいいのですかね?
女  そう言われると……仲良し、というわけではないですが。
男  その休日を共にする、とか。
女  ないですないです。
男  (ほっと)そうですか……。
女  ……でも帰りにご飯を食べに行ったりはしますね。
男  えっ。
女  代々木とは、よくご飯を一緒します。
男  そうなんですか?
女  そこでよく愚痴ったり。
男  それは……代々木から誘われることが多いんでしょうか?
女  え、それは、まちまちですよ。
男  代々木は、けっこう誰かを誘います? あなた以外に。
女  私以外? 知りません。代々木はでもフットワークの軽いやつなんで、結構いろんな人とご飯いくみたいですけど。その時のシフトに寄りけり。
男  そうなんですか?
女  しかも一度、若いママさんと「高校が同じだった」っていう理由で、ラインを交換して。
男  まさか。
女  ご飯に行きました。
男  ママさんとご飯に……!?
女  それはちょっと信じられないですよね「オナコー」だからといって。
男  けしからん男ですね。
女  本当にそうなんです。
男  そしたらその代々木は、事務員であるお姉さんとも食事を……
女  (遮り)あのお!
男  はい?
女  ごめんなさい。大きな声出して。あの。
男  はい。
女  私は今日、あなたと喋りたくて話しかけたんですよ。
男  ……はい。
女  それは、あなたのことが知りたかったからで、あなたにも、私がどんな人間なのかっていうのを知ってほしくて、それで声をかけました。でも確かにそれは私のエゴだったかもしれない。それは理解しているつもりです。こうやってカマツカさんを、たったの十五分といえど、私のエゴで縛ってしまった、それは申し訳ありません。でもやっぱり私は、このあなたと私というこの貴重な時間を無駄にしたくないんですよ。
男  (俯き)はい……。
女  どうして……代々木のことばかり聞くんです?
男  え?
女  なんですか? そんなに代々木が気になりますか?
男  いや、そうではないんですけど。
女  紹介しましょうか? 代々木を。
男  いや、代々木はどうでもいいんです!
女  私も心底どうでもいいことです。
男  ……すみません、取り乱して。
女  すみません、私こそ。
男  なんだか、すみません。失礼なことをしてしまって。
女  いいえ。
男  ……。
女  カマツカさんは、このアパートに住んでどのくらいですか?
男  僕は……三年経ちましたね。
女  他の住民の方に会ったりします?
男  ……全然ですね。
女  大家さんの顔とか、知ってます?
男  そう言われてみると……。
女  知らないですよね。私も知らないです。……こんなにドアが並んでいるのに、本当に人が住んでるのかなって思います、このドアの中にひとつひとつに。表札もないから余計。でも回覧板は回ってくるから、存在していることは確かなんです。

男と女、同じ方向を眺める。その先にはアパートのドアが並んでいる。

女  私……もうすぐ、この家に住んでニ年なんです。
男  二年……。え?
女  もうすぐなんですよ。
男  更新、ですか。
女  ……年末、引っ越すことに決めたんです。
男  どちらに?
女  郊外の、安い所を見つけて。
男  ……そしたら、通うの大変じゃないですか?
女  もう、保育園限界なんです。給料安いし、割に合わない。だからこれを機に。
男  ひっこさないでください!
女  え?
男  きっとこれから、保育士さんたちの給料もよくなるはずですから。……いや、ムリかもわからないけど。でも、お願いです!
女  カマツカさん……なんでそんな、血走った目を……。
男  ヒトトセさん。もう少し、頑張りましょうよ。僕はせっかくのこの出逢いを無駄にしたくないと思います。……更新しましょう。

女  カマツカさん。……私、お隣さんがどんな方なのかなって、ずっと気になっていたんです。
男  はい。
女  最期の、この町に住んでいたことの、せめてもの思い出作りになればなって、今日声をかけたんですけど。……良い思い出になりました。
男  ……良かった。
女  本当は、一言二言、お話しできればってつもりだったんですけど。つい、欲が出て……。余計なことを、べらべらと……。
男  いいんです。更新、お考えには?
女  わかりません。
男  そうですか。良かったら……今度はちゃんと、お茶をしましょう。
女  そうですね、わかりました。
男  お姉さんも一緒に。
女  ……ぜひ。

女、時計を見る。

女  十五分ですね。
男  ……そうですね。

女、コーヒーカップを男から受け取る。

女  ありがとうございました、カマツカさん。おやすみなさい。
男  おやすみなさい。ヒトトセさん。また。

女、にっこり笑って去っていく。

男  ……。

女を見送る男。

男  ふう……。

男、女が去ったのを見ると、女の捨てていったゴミ袋を見る。
ゴミ袋に近づいていく。
男、ゴミ袋を漁りはじめる。中身を物色する。

男  あ。

ナニカの入った黒いビニール袋(もしくは茶色い紙袋)見つけ、手に取る。
そこにさっきの女、すごい勢いで戻ってくる。

女  すみません! あの実は!

黒いビニール袋(もしくは茶色い紙袋)を手にしている男。

女  私、イトウなんです。
男  ……え!?



おわり


【補足】

男 カマツカ。ウェブライター。二〇一号室に住んでるヒトトセのことが好き。夜な夜なヒトトセのゴミを漁るのが日課。

女 イトウ。保育士。カマツカが好き。ついつい話を盛ったり嘘をついてしまう。子供は好きだが自分より好きになれない。ひとりっ子である。


2017.11

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鈴木のすり
サポートありがとうございます。お恵みいただきありがとうございます。どうかどうか。