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#327 音楽夜話06 漫画家・楳図かずおが歌う姿に想いを寄せて

漫画界の巨匠墜つ。
「10月28日、88歳で逝去」の報あり。

今から40年前の学生時代の話から。

もう店名は忘れてしまったが、新宿区の高田馬場に住んでいた頃、駅の近くにある喫茶店によく通っていた。

当時、吉野家の牛丼の並が350円の時代、200円ちょっとのモーニングセット(厚焼きトースト、サラダ、ゆで卵、コーヒー)はありがたかった。

大学へ行く前に、ちょっと朝刊を読みながらお洒落な気分が味わえて、「あ~、オラもすっかり東京の住人だぁ」と田舎者のコンプレックスを解消できるような気がした。

ある日、斜め向かいの席に座っている男性の顔を見て驚いた。

見間違いかもしれないと思い直し、5度見くらいし、よーく観察した。

もはや、私は挙動不審のアンチャンでしかなかった。

その男性は漫画家の楳図かずお氏だった。

ラフな出で立ちだった。
痩せた体にヨレヨレのTシャツとジーンズ、髪の毛モジャモジャ。

メモ帳に何か走り書きしているようだった。

躊躇している場合ではないと思い、テーブルに備え付けてある紙ナプキンを手にして楳図氏のところへ行き声をかけた。

「失礼ですが楳図かずおさんですか?」

ニコニコしながら「そうだよ」と応えてくれた。

「あのー、あのぉ・・・・高校時代に『まことちゃん』の単行本を全部読みました。他の作品も小学生の頃から読んでました。
ご迷惑でなければサインをいただけないでしょうか?」

「ハイ、いいですよー」
何度かTVで見た優しくて明るくて軽いノリの楳図氏だった。

「えっ、これ(紙ナプキン)に書くの?」と笑われた。

快くサインしていただき、感謝感激で受け取る手が震えた。

小学生の頃から、『猫目小僧』『漂流教室』『おろち』『へび少女』等、ホラー系からギャグ漫画の『まことちゃん』までほぼ完読していた。

朝っぱらから長話をすると迷惑だろうからすぐに自分の席へ戻って食事をとっていたら、楳図氏は帰りぎわに私に手を振って店を出て行った。

私は立ち上がって深々と礼をして、しばらく立っていた。

いろんな方からサインをもらったはずなのに、手元に残っているのはツイスト時代の世良公則、アリス時代の堀内孝雄の2枚のみで、しかもヤマハの楽器店の店員にお願いしてもらったメモ紙や、航空券を入れる紙袋に書いてもらったものだ。

それにしても、楳図氏の紙ナプキンはどこへ行ったのだろう。


このコーナーは、「音楽夜話」ゆえ、感謝と哀悼の意を込めて、楳図かずお氏歌唱の『新宿烏』をアップしておく。

いろいろな歌は歌っているけれど、74歳にして正統派演歌歌手としてCDデビューした時の動画だ。

人間の心の奥底に潜む哀しみや残酷さ、そして美しさと強さを教えてくれた楳図かずお氏に改めて感謝したい。

合掌。