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#344 トラに襲われる恐怖 市虎三伝
■ 市虎三伝(しこさんでん)
誰かが「まちに虎が出たぞ!」と騒ぎ出した。だが、誰も相手にせず騒動は起こらなかった。
ところが、同じことを三人が言い出すと、いないはずの虎が人々の心の中に侵入してきて、自分も襲われるかもしれないと恐怖におののくことになる。
噓や噂はたとえ根拠がなくとも多くの人の話題にのぼれば、みんながそれを信じてしまい真実のようになってしまう。
「三人成虎」ともいう中国の諺だ。
私の大学でもこんなことがあった。
ひとりの女子学生が「けーわん先生はチンパンジーだ」と騒いだが噂は広まらなかった。
ところが数日後、3人の学生が会う人会う人に「けーわん先生の振る舞いが人間とは違う。チンパンジーじゃね?」と言い出した。いつの間にか噂が噂を呼び、けーわん先生の授業は不安に包まれた。
「俺たち、チンパンジーにプログラミング習ってるの?どーゆこと?きっと単位もらえないんじゃね?」
噂というものは正体不明なことが多い。いったん拡散されると、ウイルスのように爆発的な広がりを見せる。そんなものを信じてはいけないと思っても、人は噂が大好物だ。チンパンジーはバナナが大好きだ。
知らず知らずのうちに自分も噂の渦に飲み込まれていく。そしてバナナの皮で足をすくわれ転んで怪我をする。
■ 人の噂も七十五日
噂は75日程度という数字には根拠があるらしい。
土用(立春、立夏、立秋、立冬それぞれの直前18日間)を基準にして、ひとつの季節と土用の日数を合わせると75日になるからという説。もうひとつは、農作業物は種まきから収穫までの期間が約75日であり、収穫で忙しくなると噂話を忘れてしまうという説もある。
英語にBad news taravels quickly.(悪い噂はすぐに伝わる)という格言があり、A wonder lasts but nine days.(驚いているのは9日間)というのもある。狩猟民族は切り替えが早いのか。
それにしてもデマや噂の伝播力は凄まじい。
ネットには流言、伝聞、風説、風評、デマ、醜聞、ゴシップ、陰口、誹謗中傷、都市伝説、フェイクニュースであふれかえっている。これが人々の心をゆさぶり、時として価値観をも変えてしまう。場合によっては政治や選挙の情勢に影響を与える。
先日、報道で中国の対日印象が劇的に悪化した旨が報じられた。
毎年、私の授業には数名の中国人留学生がいる。みんな日本に対して好意的だ。そのまま日本に就職したいとまで言っている。
札幌は清潔で美しく健やかな毎日を送ることができる街。人々も優しくて、おはようからおやすみなさいまで暮らしをしっかり見つめることができると・・・・・(なんかのCMか)
この落差は一体なんなのだろう。
データの取り方や調査対象となる母集団の階層・属性、情報統制の有無など、いろいろな要因が想像される。
向こうが嫌うなら、こっちも嫌ってやるという悪循環が生まれかねない。
意思決定のために情報を分析して得られる知性・知見、またそれを得るシステムをインテリジェンス(intelligence)と呼ぶ。
元ネタの信憑性や根拠を確認しないまま受発信する行為はインテリジェンスに欠けるということになる。
学生にレポートや小論文、論文を書く際に「主観」「客観」や「原因」「結果」を明示するよう口を酸っぱくして言っている。よく考えるよう伝えている。
採点しながらもブツクサつぶやいているので、もう口の中が酸っぱ過ぎて唾液があふれている。
インターネットを検索してもバイアスとフィルターバブルまみれになる。
むしろ生成AIのほうがより正確な情報を収集してくれるという評価になりつつある。
言葉は発する者と受ける者との間を往き来している。時には耳を閉じ目を閉じて冷静になることが必要なのかもしれない。
走り去ることば
佇むことば
谷川俊太郎氏から伺った話をたずさえて。