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#372 可能性の芽を摘むな

 最近、学生がSNSやネットのMBTI診断にハマっているというので、チンパンジーの私も診断してみた。
 歳が歳なので全く見当はずれな結果になった。それともチンパンジーだから変なのか。

 発達心理学の研究会に参加した際、顔見知りの公認心理士や精神科医にMBTIについて聞いてみた。

 そもそも実証データやエビデンスに乏しいので、現時点では学術的に支持できるレベルではなく、血液型性格診断や占いのように非科学的な娯楽レベルとして広がっているんじゃないかという。
 娯楽にしては深刻に考えている若者もいるし、そんなもので可能性の芽を摘まれては大変だ。

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 MBTIにハマっている女子学生と面談した。

「私は頭が悪いので頭を使わない仕事しかできないんです」という極論を言う。
 そんな診断結果が出るわけないのだが、希望する職業に就けないと彼女なりに思い込んでいるのだろう。

 この世に頭を使わない仕事なんてあるのだろうか? 頭を使おうとしない人はいるけど・・・・

 例えば、自分は頭が悪いと思っている人は案外多い。
「偏差値が低い=頭が悪い」と短絡的な言い方もはびこっている。

 頭がいいとか悪いという言い方はあるが、その基準は何だろう。

 勉強ができることと、人として頭がよいことは別だと感じる場面はいくらでもある。これは私が40年にわたって実社会で仕事をしてさまざまなジャンルの人と交流して得た実感だ。

 頭の善し悪しについては、数値化できる認知能力と数値化できない非認知能力があるけれど、何もかも一緒くたにされていて、人によって解釈が異なっている。

 以前にも書いたが、頭の悪い人は自身の頭の悪さをわかっていない。他人の頭の良し悪しの判断もつかない。

 当然、発達障害とは分けて考えなければならない。

 同じように、気が利く人というのは、他人が気が利くかどうかが手に取るように分かる。気が利かない人を見るとイライラしたりする。気の利かない人には、そうしたことがさっぱりわからない。

 人間関係を上手くやれる人とやれない人がいる。
 上手くやれる人は人間関係の機微が分かっているが、上手くやれない人は、なぜ上手くやれないのか分からないし、上手くやれる人と自分の違いがわからない。

 さらに、性格の悪い人は自身の性格の悪さに気が付いていない。だから人から嫌われてもその理由を本当のところで理解していない。常に悪いのは自分ではなく相手だと思って、どんどん敵を増やしていく。

 学問的には、とりわけ社会学系では多くの場合、個人の資質には言及せずシステムや制度として論じることが多い。

 人間はみな平等な存在であり、誰もが自分と同じく痛みを感じたり幸せを感じたりする存在である、と理解しておくことは必要だが、実際のところ、各人を能力別・特性別に選別したうえで社会は機能するようになっている。

 私たちにとって、社会という枠組みの中でどう上手く適合していくかということが重要な命題になるのだが、若者は自分の特性を○○性格診断とか占いみたいな科学的な検査とは別なものに身を委ねて、ある意味、自分を見切ってしまっているように感じる。


 私は学生たちにこう言っている。

自分で自分のことを勝手に値踏みせず、もっと自分の価値を高める努力をしなさい

 個別的には、教育によって潜在的な可能性を最大限伸ばすよう対処すべきだと考えている。

 社会的に求められる能力のうち、いくつかの点で必要な水準を満たせない人がある程度の割合で存在するのが社会だ。
 単に平等に扱うことを主張するだけでは物事を進められないことを私たちは知っている。

 世の中には水準を満たせない人もいて、その人たちには個人に合った対応法がある。それぞれにとって幸せに生きられるような仕組みをつくるにはどうしたらよいか、私たちは知恵と良心に基づいて考えるわけである。

 教科書やマニュアルでは、完全な人、合理的な人、理想的な人になることを前提にして「あるべき姿」が述べられている。

 しかし、実際に社会を構成している人々はそれとはかけ離れている。能力にはばらつきがある。

 その凸凹を個性と呼ぶ。その個性ある個人に対して教科書的、画一的、理想的な人間像を押しつけるから問題が発生し、みんなイライラしたりプンプンしているのである。

 学生達が夢中になっている「ナントカ診断」は何十億通りもの個別最適な診断結果を用意しているわけではない。
 みんな限られたいくつかの類型に組み込まれて評価されているに過ぎない。

 そんなもので可能性ある自己の成長を止めたり歪めたりするくらいなら、チンパンジーの私と対話したほうが劇的に面白い人生になるぞ、と学生に言ってみたものの、どこまでこの言葉が響いているのやら・・・・

 アホな脳を少しでも鍛えようと思い、夜更かしして1冊やっつけた。
脳科学や認知科学は日々進化しているなあ。

『できない脳ほど自信過剰』
池谷裕二