愛おしい小麦粉の塊
この記事は、世界各国の物書きによるリレーエッセイ企画「日本にいないエッセイストクラブ」への寄稿です。第8回目のテーマは「日本の恋しいもの」。最終ランナーとしてイタリア在住・すずきけいがお届けします。文末に前回走者の紹介と、次回以降のお知らせがあります。
過去のラインナップは随時まとめてあるマガジンをご覧ください!
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「日本の恋しいもの」ってなんだろう。
自慢じゃないけど、そんなものいくらでもある。さんまの塩焼き、あじのお寿司、ぶりかま、焼きたらこ、とんかつ、宇治金時のかき氷。あと、青葉のつけめんとメーヤウのカレー。最近は暑くなってきたので、さっぱりと冷やし中華もいい。並べるだけで原稿が埋まりそうだ。
お察しの通り、海外に住む日本人に「日本の恋しいもの」を聞くとたいていは食べ物の話になる。その国の料理に不満があるわけではないと思う。だけどやっぱり、出汁や醬油の味を舌にのせたときはふわっと気持ちが上がる。この感覚は特別なものだと感じる。
逆に言えば、食べていればたいていの郷愁は満たされるのかもしれない。ちょっと乱暴に言い過ぎたかもしれないが、食の欲求ってすごいなと思う。自分がただ食い意地はっているだけかもしれないけど。
当然だけど、日本食はイタリアでも食べることはできる。醬油やみりん、みそ、ごま油などの調味料は中華系のアジア食材店に行けばほぼ手に入るし、調味料があればタレやソースだって作れる。作り方がわからなければクックパッドかグーグルに聞けばなんでも教えてくれる。そもそも日本食はイタリアでもずいぶん前からブームで、ミラノには日本食レストランも多い。
さらに最近はTwitterでも「Amazonで売ってるこのヨーグルトメーカーで納豆を作った」とか、「ここのネット通販でシソの種が買えた」みたいな情報が流れてくるようになった。このあたりの事情は国によっても違うと思うけど、少なくともイタリアでは、工夫さえすれば日本食に困ることはないんだろうなと思う。
それでも手に入らない日本食は、国外に目を向ける方法もある。ロシア食材店には缶詰のたらこやいくら、さきいかが売っている。あと、オランダには日系の水産物専門店まであって、西京漬けの魚や干物を通販している。もう怖いものはない。
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そんな感じで、恋しいとはいえあまり不自由しているわけでもないイタリアの日本食事情だけど、いまいち満足できるものに出会えないこともある。自分の場合、それにあたるのはうどんだ。
実はわたくし香川県の出身で、小さなころからうどんはよく食べた。初対面の人に「体の半分はうどんなんですよー」なんて言ってたこともあったが、よく考えてみたらうどんはだいたい炭水化物だから血肉になるわけがない。雑な自己紹介をしていた過去の自分をはたいてやりたい。
日本では一時期のさぬきうどんブームの影響もあってか、お店で手打ちしているうどん屋も増えたし、チェーン店もあちこちで見かけるようになった。あれは正直、心底うらやましい。
ミラノにもさぬきうどんを名乗る店は一応あるが、1杯8〜10ユーロ(1040〜1300円くらい)もする。高校の頃、クラスメイトが「かけ1杯200円を超えたら、それはもうけ主義の店や」などとドヤっていたが、1杯1000円を超えると何になるのだろう。一度くらい試してみたいと思っていたが、友人の「自分で作ったほうがおいしい」という感想を聞いてから食指が伸びなくなった。
ロックダウンでありあまるほど時間があったので、自分でうどんを打ってみたりもした。イタリアの小麦粉は日本のようにたんぱく質の含有量ではなく、挽き方で分類されている。そのため「中力粉を用意する」というレシピの最初からつまづいてすっ転んだりもしたが、適当に混ぜてこねて、それっぽいものを作った。
5年ぶりくらいに見た、まぎれもない「手打ちの」うどん。舌がピクピク震えるほどテンションが上ったが、茹でてみるとコシが強い……というよりはただ固い小麦粉の塊だった。まあ、初回から完璧なうどん打てるはずもない。見た目だけはそこそこいいと思うんだけどな。
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前回走者、がぅちゃんさんの記事はこちら。
『「日本食」は再現できるけれど、お店の味は無理だ』
ホントその通りで、海外でもたいていの日本食は作れるけど、やっぱり恋しくなるのはよく行ってたお店の「あの」メニューだったりする。それは多分メニューの味だけじゃなくて、その時の体験も含めて恋しいってことなんだろうなと思います。(←野暮)
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そして、次回は新しいテーマ「夜」で、ベルリン酒場探検隊の久保田由希さんにお送りいただきます! 前回記事はこちら。
『ビールは土地のものを飲むのがいちばん』と語る久保田さん。どこまでもドイツのビールを愛する久保田さんが語るベルリン酒場の「夜」とは。どうぞお楽しみに!
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