ニノさん
新橋駅を汐留方面に出て日本テレビに向かいました。曇りでした。オーディションに落ちに行って実際落ちて帰ってくる道としか認識できていなかった長い横断歩道は赤信号で、そこで安全のために立ち止まりました。緊張よりは不思議という気持ちでした。その気持ちを落ち着かせるように、視野に対して垂直に通過する現実の車を目と耳で認識しながら待ちました。信号が青になって渡りました。右の方に大きなビルが見えてきました。そのビルは地面の上に立てたというより地下から膨大なエネルギーを吸い上げた大樹のように区画一体を率いて天に伸びていました。そこが日本テレビでした。
整備された外階段を登って2階の受付に向かいました。受付の方に「ニノさんの収録で来ました、プロダクション人力舎の鈴木ジェロニモです」と言いました。言いながら、そんなわけないだろう、と思いました。受付の方は「はい。入館証をお渡しします」と受け入れてくださいました。不思議でした。30階にあるという楽屋に向かいました。2階からエレベーターに乗って、エレベーターに乗り換えるためにエレベーターを降りました。同じ箱に乗っていたおそらく社員の方々が当たり前のスピードで乗り換えていく背中を照射するように追いながら、高層階向けのエレベーターに人間ひとり分のスペースをとって収まりました。
30階の楽屋は僕ひとりのために空けてくださった空間で「第一応接室」という名前でした。観光地に立つ塔のように外側の二面がガラス張りになっていました。一望と言うにふさわしい景色で地上が遥か下に見えました。きのこのようにひらかれた傘がゆっくり動いていて、それで雨が降っていると分かりました。その景色はそこにいる僕に対して「一般の枠を外れていますよ」と暗に示唆するようでした。ずっと見ていたい気持ちとは裏腹に、体は窓に背中を向けて凭れました。
何も分からないままリハーサルが始まりました。スタッフの方が「二宮さんがR-1のネタ動画を見てジェロニモさんを推薦してくださったんですよ。頑張ってくださいね」と仰いました。意味が分からなさすぎて「はい」と言いました。
待ったとも待っていないとも言える時間を過ごして本番が始まりました。精巧に作られたセットの裏手に隠れるように待機しました。「出題者の方をお呼びしております、どうぞ!」。麒麟川島さんの声が聞こえました。打ち合わせの段取りを反芻するようにカメラに向かって歩きました。鈴木ジェロニモです、お願いします。言いながら、誰だよ、と思いました。
二宮和也さん、菊池風磨さん、麒麟川島さん、ガンバレルーヤさん、ゲストの稲森いずみさん。出演者の皆様がそれぞれ発光するように煌めいていらっしゃいました。カメラの奥には大人が国ぐらいいました。それはもはや港を離れた客船のように僕ひとりの足掻きをいい意味で物ともしない信頼を感じさせてくれました。港で手を振る僕に船上から手を振り返すつもりで、紛れ込んだ客船から遠い水平線を眺めました。
放送を家のテレビで見ました。鈴木ジェロニモと名乗る知らない人間がのっそり現れてボイスパーカッションをしながら無愛想にクイズを出題していました。不思議でした。出演者の方々の笑顔が映ると今日が日曜日である実感がやってきてとても安心できました。
友達からLINEで動画が送られてきました。動画の中では彼らの生まれたばかりの赤ちゃんが『ニノさん』を見て笑っていました。ああ、と思いました。メッセージが添えられていました。「うちの子もニノさん見て笑ってるよ」。人生の何を諦めてもいいと思いました。ありがとうと言わせてください
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