[短歌30首連作]言葉を継ぐ

晩秋を旅するならば崇敬を冬を旅するならば誓いを

魂の水位が下がるのがわかる薄い詩集をなくしたときに

感情の比喩ばかり言う 生理的な涙ばかりを右目がこぼす

葉を落とす木立の影の深さを言うこの唇に色は乗せない

静寂しじまよりことばが世界を創るときすれ違うために生まれてしまう

花のない水盤のように身じろぎもせず黙り込んだ記憶 なみだつ

黒真珠のピアス外せば膿汁はわたしが嵐の海であるから

精神に宿る神なく黄昏を漂うままに六年を病む

輪郭をわずかに黄泉に置いてくるように睡眠薬の眠りは

ダージリン蒸らす間のフラッシュバック 濃霧でしか癒えないものがある

台風の音聞きながら林檎を磨る ずっとうっすら痰は絡んで

嘲笑の実る季節にわたしたち誰もが胸にひと枝を持つ

雪橇があかるいようにわたしたちへのフォビアは速く軽く来ること

欅の道歩き(わたしが、黙りさえ、すれば)三言で終える口論

鬼の門 「蔑称です」と告げるときわたしの新雪あばかれている

やわらかなものをかき寄せ眠るときオーガンジーすらわたしの怒り

幻の雪山を見て人の身にはたどり着けないそのカルデラ湖

朦朧と湖畔をゆくとき霜柱踏んで世界が現実になる

まなざしに疲れたからだを浸しても波立たない湖をください

後ろ指気づいています 水際に立ってそのまま白樺となる

冬服をくしゃくしゃに脱ぐ 正論を語ることから逃げたくもなる

人波に交ざれずいたら迷い子よ、と声かけられる真冬の路上

瀬戸際に魂を置く金曜にあかぎれを薄く皮膚が覆って

ひたひたと声重ねればあなたの繭ひらかれるのがわかった 微光

木蓮が耳の中から咲いてしまうときに人語は無音の揺らぎ

浴室の鏡に意味のない線を引きつつ わたし怒るべきだった

こちら側と括られるときその外に置くための貝殻を持っている

完全な人語も無謬な人間もなくてそれでも声を交わし合う

言葉を継ぐ 割られた花器を拾い上げ金継ぎをするようなこころで

温み出す湖畔をふたり歩きつつ対話篇とはいのりの大樹

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