見出し画像

ノンバイナリー全員を「彼」「彼女」と呼んではダメ、という誤解。

ニューアルバム『BADモード』や、世界最大級の音楽フェス「コーチェラ・フェスティバル」への出演で、今また世界中から注目を集めている宇多田ヒカル。

先日、彼女が公表しているセクシュアリティ「ノンバイナリー」について講談社FRaUで執筆し、たくさんのみなさんに好評をいただきました。
読んでくださったみなさん、ありがとうございました。

しかし、一部の読者の方から、こんな指摘がありました。

男性・女性という性別に囚われないノンバイナリーに対して"彼女"を使うのはおかしい。記事を訂正してほしい。

結論から申し上げると、僕は記事を訂正しません。
その理由は簡単で、宇多田ヒカル本人が「自分のことは"彼女"と呼んでほしい」と表明しているからです。


これは宇多田ヒカルの公式Instagramアカウントのスクリーンショット。
Instagramは、プロフィールの項目「Pronouns(代名詞)」で、自身がどんな代名詞で呼ばれたいかを表明できるようになっており(日本語版には非対応)、宇多田ヒカルは「she/they」を設定しています。


欧米から“non-binary gender”という呼称で広まったセクシュアリティ「ノンバイナリー」は、確かに「男性・女性という2つの性別に囚われない性自認」を意味します。
そして、自分は男性・女性のどちらにも当てはまらないという理由から、「彼」「彼女」という代名詞を使わないでほしいと表明するノンバイナリーも確かに存在します。
そのため、"ノンバイナリーに「彼」「彼女」を使うべきではない"という認識が広まっており、上記のような指摘に繋がったのだと考えられます。

しかし、それはノンバイナリー全員に当てはまるわけではありません。

ノンバイナリーには、「男性と女性のどちらにも当てはまらない」だけでなく、「男性と女性のどちらにも当てはまる」「男性と女性の中間」「男性と女性を行き来する」など、様々な性自認のパターンが存在します。
特に、男性と女性を行き来するパターンの場合、その度合いは個人によって様々で、自身が男性だと認識するのは私生活の10%程度で90%以上は女性だと認識しているケースもあるかもしれません。
ノンバイナリー全員が「彼」「彼女」という代名詞を使わないでほしいと考えているわけではない。それは本人にしかわからないことなのです。


確かに、Hikkiはいつもメイクが控えめで、ファッションもパンツルック中心のユニセックスなスタイルが多い。
ジェンダーに囚われないHikkiのスタイルはとてもチャーミングで、キュートで、魅力的です。

しかし、数多あるヒット曲の歌詞の一人称が「私」で書かれていることや、ドレススタイルのステージ衣装、インタビュー記事を見ていても、Hikkiは決して自身が女性であることを否定しているようには思えない。
それが、自身の代名詞を「she/they」に設定していることに表れています。

本人が代名詞を「she/they」に設定しているのに、"ノンバイナリーに「彼」「彼女」を使うべきではない"と、善意のつもりで「彼女」という代名詞を剥奪してしまっては、Hikkiの女性としての尊厳を否定することになります。
だから僕は、Hikkiが自身の代名詞を「she/they」に設定しているかぎり、Hikkiを「彼女」と呼称し続けるつもりです。


セクシュアリティは、本当に難しくて複雑です。
性自認や性的指向、身体の性の組み合わせによって何種類にも細分化されており、まだ名前の付いていないセクシュアリティが他にも無数に存在しているはず。
今回のように、充分に理解しているつもりでも、知らない間に偏見を募らせていることがあるかもしれません。

しかし、忘れてはならないのは、人間は一人ひとり違うということ。

「そんなの当たり前だ」と言われそうだけれど、人はつい他者を、性別・国籍・年齢・職業・セクシュアリティなどの一部のカテゴリーで括り、理解したつもりになりがちです。
"あの人はノンバイナリーだから「彼」「彼女」を使うべきではない"と思っても、それが本当に目の前の人に当てはまるかどうかは、本人に尋ねてみるまでわかり得ないのです。

向き合うべきは、テレビや書籍で得た知識ではなく、目の前の本人です。
もしも、ノンバイナリーをはじめとするセクシュアル・マイノリティと対面することがあったときは、この言葉を思い出していただけたら幸いです。

あらゆる言葉が無料で読める時代。 それでも、もしも「読んでよかった!」と思っていただけたら、ぜひサポートお願いします。 また新しい言葉を書くために、大切に使わせていただきます。