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手話通訳者全国統一試験「聴覚障害者の基礎知識」2022過去問⑪解説〜コミュニケーション方法〜
2022年度手話通訳者全国統一試験の過去問について、参考文献をもとに独自に解説をまとめたものです。
問11.手話通訳者の健康管理
手話通訳者の健康管理について述べています。下記の(1)〜(4)の中から、正しいものを1つ選びなさい。
(1)1991(平成3)年に全国の手話通訳派遣を担う自治体で、頸肩腕障害に関する特殊検診が実施された。
(2)手話通訳者の健康障害は手話通訳労働から必然的にもたらされるものである。
(3)「意思疎通支援事業実施要綱」では手話通訳者など意思疎通支援者の頸肩腕障害を予防するための特殊検診の実施を指示している。
(4)「みんなでめざそうよりよい手話通訳」のパンフレットは、手話通訳者団体が独自に、自分たちの健康と生活を守るために、よりよい手話通訳環境を求めて定めたルールである。
問題解説
(3)が正しい。
(1)は「全国の手話通訳派遣を担う自治体で、頸肩腕障害に関する特殊検診が実施された」が間違い。
(2)が「必然的」が間違いである。
(3)よりよい手話通訳環境を求めて定めた「ルール」が間違いである。「予防のための研究や取り組み」が正しい。
頸肩腕障害とは
頸肩腕障害とは、肩や首、腕の筋肉の疲労から、こりや痛み、手指のしびれが現れる。疲労が重なることで、慢性的なだるさなどが現れる。不眠、食欲低下など、自律神経症状やうつ症状などでもでてくることがある。
頸肩腕障害は、進行すると物が持てなくなったり腕が動かせなくなったりする病気である。手話通訳者だけがなる病気ではなく、腕や手を使い続ける仕事、腕や手に力を入れる仕事、頭を固定して同じものを見続けるような仕事をする人に発生する。
1980年〜1990年にかけて、聴覚障害者の社会参加の広がりに伴い、急速に広がった手話通訳の利用に、手話通訳者数が追いついていなかった。当時は、手話通訳者の働き方や、利用時のルールも確立しておらず、健康障害が多発した。
手話通訳者の頸肩腕障害
頸肩腕障害が発生する主な原因は、顎や肩や手腕の筋疲労である。筋疲労は、反復して動かし続けること、動きはないものの同じ姿勢を続けること、腕や手で大きな力を出すことで生じる。手話通訳に伴う筋負担は、手や指や腕の動きや形を、口の動きや表情と同一視野の中で示すため、手指や腕を胸の高さに浮かした状態で手話動作を行うことに由来する。しかも同時通訳なので話し言葉の早さにあわせて、手指や腕を高速で動かし続ける。一旦、通訳が始まると「会話」が途切れるか、手話通訳者が交替するまで、手話動作に関わる筋肉を休ますことができないため、角が負担が生じやすくなる。
また、「聞き取り」通訳と「読み取り」通訳という性格の異なる通訳を行っており、いずれも同時通訳であるため高度で高密度な脳(中枢神経)の働きが必要である。手話通訳中は、音の聞き漏らしや手話の見落としは許されない。他人のプライバシーにも関わることになるため、強い精神的な緊張やストレスにさらされる。こうした負担も心身の疲労を招き頸肩腕障害の原因となる。
手話通訳者の頸肩腕障害が日本で最初に認識されたのは、1979年に公務災害申請がなされた札幌市嘱託手話通訳者の事例であった。当時は「寒冷地」、「個人の性格や体質」、「通訳技術が未熟なため」と科学的根拠のない特殊な例外として扱われた。
1980年代、国際障害者年を契機に聴覚障害者の社会参加が進む一方、雇用される手話通訳者の数の増加はゆるやかであったため負担は手話通訳者にかかり、1980年代後半には少なくない手話通訳者が体調不良を訴え、手話通訳の仕事から離れていく状況がおきた。1988年に発生した滋賀県の団体職員の労働災害申請をきっかけに全国手話通訳問題研究会は対応に必要性を確認し、1990年以降雇用された手話通訳者の健康調査・社会調査を実施している。その結果は、今日に至っても2〜3割の手話通訳者が危険自覚症状を訴える状況がみられている。
40歳以上の人たちからは頸肩腕障害以外の疾病も多くあり、健康管理が重要となっている。
定期健康診断、頸肩腕障害に関する特殊検診
定期健康診断は、法律で、正規職員や、非正規職員であっても週30時間以上働いている者を対象に雇用主が行うことが法律で義務づけられている。一方、頸肩腕障害に関する特殊検診の実施は、労働安全衛生法では上肢等に負担のかかる作業に従事する労働者を対象に国から指示が出されている。また、 2013年に、障害者総合支援法・地域生活支援事業に関連し「、意思疎通支援事業実施要綱(」「モデル要 綱」)とその解釈等(ガイドライン)を参考に事業実施を検討するよう国が通知した。第19条関連(頸肩腕障害に関する健康診断)で、「知事(市区町村長)は、意思疎通支援業務の特殊性により発症が危惧される頸肩腕障害、メンタルストレスに起因する疾患等の健康障害を予防し、意思疎通支援者の健康保持を図り、もってこの事業全体の健全な運営を確保するため、必要に応じ、意思疎通支援者に対し、頸肩腕障害 に関する健康診断を実施する」と指示している。
手話通訳事業所による年1回以上の頸肩腕障害特殊検診(「あるが受けていない」 と「ある・受診している」の合計)は64.0%(57.7%)の実施率である。事業所で特殊検診がない、もしくは検診があっても「受けていない」人のうち、44.9%は「特殊検診を 受けたことがない」と回答しており、受診すべき人たちが受診できていない状況にあること が伺われた。全通研集会で実施してきた特殊検診は2014年度をもって終了したこともあり、検診機関の 開拓、標準的な検診方法、問診票の開発等を含め、地域で検診が受けられるよう取り組む必要がある。
頸肩腕障害の特殊検診は「疾患を見つけるため」よりも「予防のため」に受けることに意義があり、検診後の事後措置が重要となる。
✔厚生労働省,令和 2 年度障害者総合福祉推進事業「雇用された手話通訳者の労働と健康についての実態に関する調査研究」2021年3月19日発行,一般社団法人全国手話通訳問題研究会
✔手話通訳を学ぶ人の「手話通訳学」入門,林智樹,日本手話通訳士協会,2017