楽屋で、幕の内。| 猫と猫のあいだに 2(猫飼い戦記 外伝1)Dec.20
うっかり忘れていた。前任猫という呼び方についてだ。
「前任者」がいるなら猫なら「前任猫」。うちに猫はいつも1匹だけだから、そう呼ぶことにしている。
5月、夫が動物病院から前任猫とともに帰宅した。(お時間あれば 猫と猫のあいだに1 をご覧ください)
前任猫は腎不全だった。
腎不全は猫にとって避けられない病気という。猫は祖先が砂漠生まれで少ない水で生きる環境に適応したため、濃い尿を出し腎臓を酷使する。老猫になると、腎機能が低下すると聞いた。
最初の動物病院の獣医は老齢で、「うちは設備が壊れている」だの「腎不全は治らないから何もできません、そのままですね」とやる気なく全く話にならなかった。別の動物病院を探し転院した。
一度壊れた腎機能は元に戻らない。それは、人間の腎不全と同じだ。
人間と違うのは、透析や腎移植ができないこと。残された腎機能でどこまで生きられるか、終着駅が決められた治療が始まった。
春が過ぎ、夏。
薄いおしっこばかり出していた。腎不全の症状のひとつである脱水症状を抑えて腎機能の衰えをカバーするには、取り込む水分を増やし尿量を増やして体内の老廃物を排出する必要がある。飲水だけでは到底足りない。そこで、強制的に水分を取るため家で点滴を毎日打っていた。
腎不全の進行を見るには血中のクレアチニン値を計り、尿毒症がどの程度進んでいるかを測定する。値が下がれば大喜び、悪くなれば落ち込む。動物病院の帰り道はジェットコースターに乗った気分だった。
動物病院でもタタリ神の威厳は崩さず、夫と私以外は触ることがほぼ無理。あまりの凶暴さに、動物病院の先生からは「え、触れるんですか」と言われるほどだ。家族で大笑いした。
当初は病院で一晩かけてゆっくり点滴をすることになったが、翌日引き取りに行くと
「間違い探しか、これ」
檻に入れたときと全く同じ姿勢で唸っている。タタリ神、さすがである。ストレスがかえってよくないと、獣医師からいわれて以後中止になった。
家での点滴は二人掛かりだ。一人が抑えて一人が背中に点滴の針を刺す。200ccなど獣医師の指示通りに毎日行う。ここでもタタリ神は全力で抵抗し、ものすごい形相で私をひっかこうとする。
痛いし、怖いだろう。でも、その日を生きて、次の朝を迎えるために必要だ。心の中で謝りながら針を刺す。
腎不全の症状のひとつに食欲不振がある。
「腎臓病用の食事を食べなければ、好きなものを食べさせてください」と獣医師に言われて、大好物の鯛ならと、上等の刺身を焼くなどしたがほとんど口をつけなかった。
クローゼットの隅やデスクの下、静かな場所にいることが増えた。トイレにいくことがきつくなったのか、デスクの下で横になったまま薄いおしっこをする。
そんなとき、ある治療法を獣医師から提案された。(続く)