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【⚽️日本サッカーを愛そう】【徹底考察】負けた時にわざわざ「負けたね」と言ってくる人について

世界は広い。

故に、貴殿がどんなに聖人であったとしても心の底からタンスの角に小指をぶつけて半日ぐらい悶絶していてくれないかと願って止まない人間ぐらい必ずや存在するはずだ。
あるいは5回連続トイレットペーパーが切れていてもいい。あるいはエノキを食べるたびに絶対に歯に挟まってしまう呪いでもいい。


いずれにせよ。
今回はそんな貴殿が疎ましく思う存在の行動真理と言いますか、およそ理解しがたい謎言動について真面目に考察してみたいと思っている。

誤解を招かぬよう冒頭よりはっきりと申し上げておきたいのは、私は決して暇人ではないという事だ。

この考察は必ずや多くの人々を救う盛大なる第一歩になるはずだと自負しているし、同時に今シーズンを迎えるにあたっての自分自身へのエールでもある。
そして何より思いを共有する皆さんの心の支えとなればこんなに嬉しい話は無い。



例えば絶対に負けてはいけない6ポイントゲームに為す術もなく敗れたとき。
例えば絶対に負けてはいけない昇格同期との鍔迫り合いで逆転負けを喫したとき。
例えば負けたら降格の大一番で過去イチにディフェンスがスカスカで現実と幻の区別がつかなくなったとき。
例えば雑誌を見せて十分に時間をかけて説明したにもかかわらず散髪に失敗したとき。


彼ら彼女らはなぜかくも野蛮なフェイスをもたげて余計なことを言い、我々の傷をえぐってくるのか。

「昨日ジュビロ負けてんじゃん」
あるいは
「髪型良いじゃん。芸人のアレに似てる。何だっけ?あれ。」
的な。


知っている。知っているのだ。
よしんば私が記憶喪失に陥った悲劇の主人公だったとしても、

知っているのだ!!


うるせぇ黙れ放っておいてくれ。とは思うもののこちらは聖人である。
ここで声を荒げて抵抗しようものならイエスにもブッダにも神ンスキーにも大神さんにも立つ瀬がない。

我は神の子なのだ落ち着け落ち着けと自分自身に言い聞かせ、必死に笑顔を作りながらこう返す。

「そうですね。負けちゃった」

神に仕えるとは欲望との決別を指すのであれば、愛してやまないチームの勝利を願うことですら煩悩の一部なのか。
108つあるうちのたった40を欲しただけなのに、それすら許されないのか。

厳しい。あまりにも厳しい。


ふと肩口から後ろを振り返る。
なんだまだいんのかよ。「昨日ジュビロ負けてんじゃん」は、まだ何か言いたそうである。

しかし安心して欲しい。今後このような輩が現れたらこう考えるのである。

彼ら彼女らは妖怪である可能性が高い、と。




■パターン① 妖怪代理じじぃ

個人的な考察によれば妖怪にも2種類あるとの研究結果が出ている。
中でも特にたちの悪いのがこの「代理」系妖怪である。


「やっぱダメだ」「弱い弱い」
試合終了と同時に語彙力が欠乏してこのような言葉を発してしまうタイプに多いと思われる。
結果が信じていたのと違うと思ったその刹那、オレにはわかっていたぐらいのテンションで向こう側にいようとする、あのタイプだ。

精神的に未熟な彼ら彼女らは体内の無念が消化できないと見るや、その思いを他人に擦り付けることで解決を図ろうとする。
そう。悔しくて仕方がない自分自身の代理を立てることで、自らの本能から目を反らそうとしているのである。


興味があるから悔しいのだ。であれば興味が無いように振舞えばいい。

そう自分自身に言い聞かせ、必死こいて深層心理に抗っている言動こそがあなたに対する、「負けてんじゃん(ニヤニヤ)」なのである。


一見、悔しい悲しいの本質的な解決策を知っている頭のいい妖怪とも思えるのだが、何のことは無い。その実は自分自身の負の催しを自己処理できない何とも悲しきバケモノの化身 妖怪代理じじぃのなのである。



職場で学校で、あるいは公式SNSに対して。
このような妖怪を見かけたら「ジュビロ負けてんじゃん(ニヤニヤ)」の背後に見えるご先祖様の悲しき表情を確認し、手を合わせてあげるのが良いかもしれない。
そして成仏させるがごとく「そうですね。負けちゃった」と発して慈しめばそれが聖人の聖人たる振る舞いではなかろうか。

懲りないバケモノから発せられる「ダメだありゃ。どうしようもない」との続言は、そのご先祖様が彼自身に放った言葉の代弁に違いない。


何たる不憫。私は涙が止まらない。今こそ合掌である。




■パターン② 妖怪ピュアばばぁ

続いてはこのタイプ。

このタイプの「昨日ジュビロ負けてんじゃん」は、良く言えばピュア。悪く言えばシンプルにがさつなだけの可能性がある。
つまりは悪気がないのである。


その昔。まだまだ私が愛だ恋だにハッスルしていた頃の話で恐縮だが、私にはありがたいことに懇意にしていた女性がいた。
結論を言うとその女性とは何もなかったのだが彼女は素直さが服を着て歩いているような素直な女性であった。兎にも角にもリアクションが「へーそうなんだー(ニコニコ)」の1点張りである。


「コインランドリー行ったら全部盗まれててさ」「へ―そうなんだー(ニコニコ)」
「今度のバイト先の先輩がキムタクでさ」「へ―そうなんだー(ニコニコ)」
「ほら俺って猫と話せるじゃん?」「へ―そうなんだー(ニコニコ)・・・。」


彼女は悪くない。彼女は何も悪くないのだが、私のトークスキルに対する欺瞞は嫌が追うにも剝がし散らかされ私は泣きながら彼女との距離を置いた。
トークの基本がキャッチボールなら私はいつから消える魔球の使い手になったのか。


世の中にはこういったパターンもある。
あれは思い返しても不思議な経験であったが今思えば彼女は妖怪だったのかもしれない
その後しばらく好きな女性のタイプがノリツッコミが上手い人になったのは良い想い出ではあるが本線とズレるので割愛する。


とにもかくにも、
ピュアすぎるが故の一方的な事故は日常にあふれている。彼や彼女から発せられる「昨日ジュビロ負けてんじゃん」もまたそれの可能性があるという訳だ。


さて聖人。
そんな妖怪に対してどう接するべきなのか。

これはもう距離を置く。これしかない。
この場合においては慈しみの言葉「そうですね。負けちゃった」すら発する必要もなく、ただただ目を見開き大きくうなずいて〆るに限る。


この妖怪には悲しき背後霊もいなければ言霊もない。
シャボン玉より軽いその言葉をただただサックスブルーの大空に向かって解き放ち、やがてはじけて消える運命に預けるのである。

実に温かな赦しではなかろうか。




■まとめ

来るべき新シーズン。すべてが思い通りに行くことはおよそ考えにくい。過去の経験がそう言っている。
時には路頭に迷い勝ち点3ならぬ辛酸ばかり舐めている時期もあるだろう。(J2でそれは困るけど)

その時、あなたの背後に忍び寄る「昨日ジュビロ負けてんじゃん」。


これまで何度も何度も嫌な思いをさせられてきたと思うのだが、今シーズンこそ人間界に蔓延るそんな幻想とはおさらばだ。
心頭滅却火もまた涼し。妖怪どもは無念無想の境地にて地獄の降格沼に葬り去ればいい。

そして、
それに打ち勝った我々で再び昇格騒ぎと行こうではないか!!!!




・・・ていうかあなたすごい髪形ですね。真ん中だけ髪が立ってる。散髪失敗しました?

違う?

そうか。近くに妖怪が居るんですね。ご用心を。







本日も最後までお読みいただきありがとうございました!



■補足

水木しげる大先生の世界観に則って「じじぃ」「ばばぁ」と称しましたが現代社会において尊重されるコンプライアンス、あるいはアンコンシャスバイアスの観点からふさわしく無いと思われる可能性がある。
この場合は対象によって「娘」とか「小僧」とか「木綿」とかに代えてもらっても構わない。

いずれにせよ伝えたいのは、
負けたあとに「負けたね」とわざわざ言ってくるのはおよそ真の人間に出来る行動ではなく、妖怪である可能性が高いということだ。完。





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