辛ラーメン、涙の味
22歳になって初めて留学して本格的に外国人とコミュニケーションを取るようになるまで、私は日本という国しか知らずに生きてきた。
アメリカでクラスメイトとしてそれらの国からやって来た他の留学生とコミュニケーションするようになってから初めて、日本の周りには韓国や中国、台湾といった国があり、隣国としてお互いに長く複雑な歴史を築いてきた、という当たり前のことを実感したのだった。そして、彼らが私の知らない、固有の歴史や文化、食事を持っているということも。
恥ずかしい話だが、当時の私の韓国に対する理解は「ヨン様」「キムチ」「隣の国で、慰安婦問題のことで騒いでる」「在日問題がある」「北朝鮮じゃない方」「W杯一緒にやってた国」くらいの杜撰なものだった。流行にも疎かったので韓流ブームもよく知らなかったし、韓国料理を食べたことも一度もなかったのだ。
同じ寮に住んでいるジュノは、ある日「今から料理を食べるけど、来る?」と誘ってくれた。アメリカ料理に辟易し始めていた私は、飛び跳ねて喜んだ。久しぶりのアジア料理だ!
私の部屋がある寮の3階から彼の住む6階まで駆け上がると、共同キッチンで麺を茹でているジュノが見えた。
「ラーメン・ヌードルを作ったよ」と得意そうに微笑む彼。その笑顔に、胸を鷲掴みにされる。インスタントラーメンを料理していたようだ。
鍋の中には茹で上がったラーメンが入っている。
ジュノは、「日本人は辛いものが苦手だって聞いたから、スープの素は少なめにするね」と、真っ赤な粉の入ったスープの素を3分の1ほど残して鍋に入れてくれた。
鍋をテーブルに置いた彼は、取り分けるためのお皿を私に渡して、食べなよ、というように促した。赤いスープに麺と卵の入ったシンプルなラーメンだ。
赤いスープから、ラーメンを掬って、ふー、ふーと冷ましながら口に入れる。
咀嚼をし始めて間も無く、口の中に衝撃が走った。
味が辛いのかしょっぱいのかを認識する前に、痛みが舌を突き刺し、涙が目に浮かんだ。
痛い。辛すぎて痛い。
「あっ…」と呻いたきり涙目になってしまった私を、ジュノは目をまん丸くして見ている。
「だ、大丈夫?」と声を掛ける彼に背を向け、シンクまで行って水を組みただゴクゴクと飲み干した。しかし水を飲むと余計辛さが際立ち、舌がヒリヒリと私を射し続けた。
これが韓国料理なのだ、と感じた。
カレー屋に行っても甘口しか頼まない私は、「辛さ」というものが世界に存在することを知らなかったのだ。その瞬間、彼という存在に、私の知らない新しい世界が化身しているように感じられた。
辛ラーメンのショックとジュノの笑顔の尊さに混乱する私には、前代未聞の辛さを私に教えてくれた彼が、"Whole New World"をジャスミンに見せてくれるアラジンのように映ったのだ。
結局私は辛ラーメンはその一口だけで残し、彼が全てを平げた。
お腹は空いていたけれど、彼と一緒にいるだけで、ラーメンを食べる彼を見ているだけで満足だった。
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