戦時下の芸術家宣言:太宰治「一燈」 朗読 作品の考察とともに
はじめに
太宰治・作「燈籠」の朗読をYoutubeに公開しました。
「一燈」概要
作者: 太宰 治(1909〈明治42〉年 - 1948年〈昭和23年)
初出: 1940(昭和15)年11月、『文芸世紀』
あらすじ
戦時中。主人公は「芸術家」としての自分の立場に苦悩しています。「神から貰った鳥かご一つ」を抱えて「芸術の一等品」を作り「世の人に希望を与え、生きていく力」を与える芸術家。非国民として謗られぬよう、日本人として「貧者一燈」を灯すべく、ある出来事を振り返ります。
昭和16年。その8年前、大学卒業が出来そうにない主人公は、父代わりの厳格な兄に叱咤されているところに、皇太子殿下ご誕生のニュースが飛び込みます。銀座に繰り出し、歓びに沸く様子に、厳格な兄までが涙し、万歳を叫んだエピソードを語ります・・・
語句説明
冒頭の「芸術家論」では聞き慣れない語句が出てきますので、簡単に説明しておきます。
大君の辺へにこそ ・・・
当時、準国家といわれた軍歌「海ゆかば」の一節。
原歌は大伴家持の長歌
海行かば 水漬く屍
山行かば 草生す屍
大君の辺にこそ死なめ
顧みへりみはせじ
(意訳)海に行ったならば 水に漬かった屍(死体)になり
山に行ったならば 草の生えた屍になって
天皇の お足元で死のう
後ろを振り返ることはしないぞ
参照:
準国歌ともいわれた「海ゆかば」を解説。歌詞,現代語訳,意味など【世界の軍歌シリーズ】|こけけんのにっき (kokeken.com)
さして行く笠置(かさぎ)の山 ・・・
『太平記』主上御没落笠置事
元弘の変で破れた後醍醐天皇が奈良県・笠置山で藤原季房(すえふさ)と歌を詠み交わす場面は名シーンとして知られる。
『さして行く 笠置(かさき)の山を 出でしより あめが下には 隠れ家もなし』
意訳:赤坂城を指して行く我らには、笠置山を出でからというもの、天下に隠れ家もないとは。
参照:「太平記」主上御没落笠置事(その2) : Santa Lab's Blog (exblog.jp)
貧者一燈 ・・・
長者の万灯より貧者の一灯 マガダ国の国王として有名な阿闍世王が釈迦に施した長者の万灯よりも、貧しい女が乞食して施した一灯の方が尊いことを説いた釈迦の教え。
参照 長者の万灯より貧者の一灯 | やすらか庵 (yasurakaan.com)
「一燈」を朗読するにあたって
冒頭の文章を何の予備知識もなく聴くだけでは、理解は難しく
「台本を手にせずとも情景が浮かぶように読む」のが朗読、とすれば
朗読にはとても向かない作品、と言えるでしょう。
ただ、中盤からのエピソード。厳格なお兄さんに叱られている主人公の様子や、皇太子殿下ご誕生の慶事が家族の問題も吹き飛んでしまうような、当時の社会状況を面白おかしく描いたのは、とても「太宰らしい」と思いました。「日本にこんな時代があったんだ」と、感慨深く思いました。
これを是非、朗読して表現したいと思いました。
しかし、主題はあくまで戦時下における「芸術家」としての太宰の苦悩。作家として立ち位置を明確にしたい、日本人として矜持を示したい想いだと思います。
そこで以下に、主題を考察しました。
戦時下の芸術家宣言:太宰治「一燈」の考察
松本和也氏「戦時下の芸術家宣言 一燈試論」をもとに
戦時下の芸術家(宣言) : 太宰治「一燈」試論 松本和也
dos_06_054.pdf (osaka-u.ac.jp)
太宰治の芸術家宣言
太宰治は「一燈」で、芸術家が抱える困難やその使命について語っています。芸術家はまるで「鳥籠を抱えて生きる困った種族」のようだと彼は言います。その鳥籠(芸術)は、人々に希望を与える大切なものなのです。昔から、素晴らしい芸術は人々に力を与え、生きる支えとなってきました。
戦時下における芸術家の立場
戦時中、多くの作家が時局に迎合した作品を発表する中で、太宰治はそのような作品を書くことを避けました。彼は戦争体験がなかったため、戦争小説を書くことはできませんでした。でも、だからこそ歴史や古典を素材にして、民衆の意識を高める作品を生み出しました。
「一燈」に込められたメッセージ
「一燈」では、太宰は芸術家としての使命を再確認し、国民に希望を与えることの重要性を強調しています。彼は「日本のひと全て」に対する祈りを込め、自らを日本人として位置づける必要性を感じていたのです。この作品の中では、太宰は芸術家としての自覚と責任を深く認識していました。
おわりに
松本和也氏の論文によれば、「一燈」は太宰治が芸術家としての自分を見つめ直し、国民と共にある姿勢と誇りを表現した作品です。戦時下の厳しい状況の中で、太宰は芸術を通じてナショナリズムを相対化し、個人と国家の関係を再定義しようとしました。
「貧者一燈」の「貧者」とは、国民に理解されない状況下で
「一燈」とは、芸術家としての立場を貫く、「鳥かご一つ」を持つのみの、作家としての矜持を示したと言えるでしょう。「一燈」は、戦時中の芸術家としての在り方を考える上で、非常に重要な作品だと思います。現代の平和な時代に生きる私達も芸術の持つ力を改めて感じることができますね。
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