イネーブルメントで人材育成を成果につなげる
人材育成の現場で「トレーニングを実施したが実務に活かせていない」「トレーニング後は各部署でのOJT任せで成長がまちまち」「育成が成果につながらない」というお話をよく伺います。これらの原因は、トレーニングと現場が乖離していること、育成内容が個別最適化されていることだと考えられます。
トレーニングと現場の乖離、育成内容の個別最適化を解消するためには、人材育成と現場が双方向に歩み寄り、継続的にカイゼンサイクルを回していく必要があります。ここでは、セールスイネーブルメントをベースにした、業種や職種、組織やチームを問わず適用できる、イネーブルメントのアプローチで、成果に紐付けた人材育成のカイゼンサイクルを回していく方法を紹介します。
■イネーブルメントとは
●イネーブルメントの概要
イネーブルメントは、求める成果から必要な行動、必要な知識/スキルまでつながるように整理することで、人材育成を成果につなげていくアプローチです。このアプローチは、どこの組織/チームにも適用することができます。
●成果、行動、知識/スキルの一貫性
・組織として求める成果
→ 成果に必要な行動
→ 行動に必要な知識/スキル
→ トレーニングで知識/スキルを得る
→ 知識/スキルを活用して、行動が変わる
→ 行動が変わり、求める成果を達成する
●成果起点の継続的なカイゼンサイクル
・成果、行動、知識/スキルをつなげる
・顧客の意思決定プロセスに
組織の価値提供プロセスを整合させる
・顧客の意思決定プロセスを
前進させるトレーニングを組む
・成果、行動、トレーニングの実績を分析し
学びを次のサイクルに反映
●成果が出るまでのステップ
・新しい知識/スキルを学習する
・学んだことを実践する
・効率的に動くために
学習の仕方や実践の仕方を発展させる
●イネーブルメントの構成要素
・学習を支えるトレーニングコンテンツ
・実践を支えるコーチング
・すぐに使えるツール/ナレッジ
・データドリブンな活動を支えるシステム
■イネーブルメントのサイクル
●イネーブルメントのステージ
成果、行動、知識/スキルを通して整理することからはじめ、準備、目標設定、学習を実施します。学習したことを実務で実践、結果を分析し、次のサイクルに反映します。
●ステージごとのポイント
■整理ステージ
●求める成果はなにか?
企業のKGIからブレイクダウンした所属部署やプロジェクトの数値目標を確認します。数値化されていない場合は、ビジョンやToBe像から数値化して仮置きします。数値化することで、水準をクリアしたのか・していないのか、どの程度開きがあるのかを把握し、判断ができるようになります。
●顧客は誰か?
所属部署の顧客は誰なのかを確認します。顧客接点を担当する部署の場合は、企業の顧客そのものです。バックオフィスなど、社員の活動を支援する部署の場合は、支援先を顧客と捉えます。顧客が複数になる場合は、より成果への影響が大きい顧客に絞って整理を進めます。
●成果が出るまでに顧客が取る行動はなにか?
カスタマージャーニーマップでのステージと行動です。ジャーニーの期間は1つの成果が生まれるまでのライフサイクルとして行動を整理します。
●顧客の行動を次に進めるために、必要な行動はなにか?
現状のプロセスではなく、顧客の行動を対象にしたサービスブループリントを整理します。顧客の行動から整理していくことで、現状のしくみや慣習から離れて、あるべき姿を捉えることができます。
●行動するために、必要な知識/スキルはなにか?
必要な行動の解像度を上げて考えると、必要な知識/スキルが整理できます。例えば「サービスの機能に関する問い合わせ」で、受付のマニュアル化された対応が、担当へ受け渡すことで時間がかかってしまっている場合、受付の担当メンバーに、商品・サービスの知識をつけてもらう事がリードタイム短縮につながるかもしれません。
整理するフォーマットは、カスタマイズした星取表が便利です。知識/スキルを必要な行動でグルーピングし、習熟度を記載する形にしておくと、学習の計画づくりや現状把握に利用できます。
■準備ステージ
●必要な行動ができているかを計測するしくみ
「実務を進める中で必要な行動を行えているか」や「より成果を上げる行動の流れはどんなものか」を分析するために、どこのデータを参照すれば良いかを整理します。
成果とプロセスを紐づけて分析するにはプロセスマイニングが便利です。一般的に業務で利用するシステムでは、誰が、いつ、どのような情報を登録したのか、を持っているのでこのデータを利用して分析を行います。
●必要な知識/スキルのトレーニングコンテンツ
多くの場合、必要な知識/スキルにはすでにマニュアルや資料が用意されています。既存のマニュアルや資料を、行動に紐付けて整理することで、トレーニングコンテンツとして利用できることも多いです。マニュアルや資料の内容が、必要な行動につながりにくい場合はブラッシュアップします。新規にトレーニングコンテンツを作成する場合は、対象の行動の中で、より成果につながりやすいものから優先して作成していきます。作成したコンテンツは行動に紐付けて管理します。
トレーニングコンテンツには、コンテンツごとにアンケートを設置しておきます。分かりやすさ、行動しやすさを計測しカイゼンに活用します。
トレーニングコンテンツの管理は、知識/スキルを整理した星取表にリンクを持たせると、利用する人にもメンテナンスする人にも便利です。
●成果につながったツール/ナレッジの共有
成果を挙げたメンバーが利用していたツールや資料、仕事の進め方を把握します。把握した内容を、他のメンバーでも利用できるように汎化、体系化して、メンバーに共有します。
共有場所は、知識/スキルと同様に、必要な行動と紐付けて整理すると、利用時に見つけやすくなります。
■目標設定ステージ
●メンバーごとに、現状を把握
メンバーごとに「必要な行動の流れ」から、これまで自分が実施してきた行動をふりかえります。「どこの行動が違うのか」から「なぜ変える必要があるのか」「何をすれば変えることができそうか」までをメンバー自身の中で腹落ちしてもらうことが目的です。
●メンバーごとに、目標を設定
メンバーごとに、成果の数値目標を設定します。成果の目標値を分解して、行動の数値目標を設定します。行動の目標値を達成するために必要な知識/スキルを把握し、学習する優先度を整理します。
ここで目標を設定しているのは、迷ったときの道標にするためです。現状把握のときに感じた熱量や、目標設定時に固めた決意などは、残念ながら、日々の忙しさの中で徐々に薄れていってしまいます。目標をoutputしておくことで、忙しい中でも、目標を参照するタイミングで熱量や決意を思い出し、どの方向に、どのくらい進むつもりだったのかを思い出すきっかけにします。
サイクルごとに目標と実績を残しておくと、成長を把握するメトリクスとして利用できます。忙しく仕事をこなしていく日々の中で、成長を実感できるタイミングはほとんどありません。目標を見直すタイミングで、道標に沿って着実に成長していることを、客観的に把握して次の活動に活かしていきましょう。
目標管理はOKRで進めると、求める成果から個人までを一貫性を持ってつなぐことができるのでスムーズです。
■学習ステージ
●メンバーごとに、必要なトレーニングの実施
メンバーによって培ってきた経験、学んできたことが異なるので、必要なトレーニングもそれぞれです。学ぶことにかかる時間も異なるので、メンバーそれぞれで個別にトレーニングを進めるしくみが必要です。
個別に進めると誤解や理解不足に気づかずに進めてしまう可能性があるので、理解できたのかを客観的に把握するしくみも合わせて必要です。
これらを併せ持った環境はLMSと呼ばれるカテゴリのシステム、eラーニングシステムです。システム運用が必要ですがMoodleやOpenLMSなどのOSSを構築するか、SaaSベンダーに運用を任せるのも手です。GSuiteを利用しているのであればGoogle Classroomが利用できます。
●共通認識が必要なトレーニングの集合研修
個別に学習を進める必要がある一方で、組織の方針や商品のコンセプト、キーになる考え方など、チームで共通認識が必要な知識/スキルもあります。
トレーニングの中で抱いた疑問を共有したり、それぞれの理解を伝え合い、認識を揃えていくために集合研修を行います。メンバーが同期するのは貴重な時間です。より効果が生まれやすいように場づくりしていきましょう。
■実践ステージ
●定期的なコーチング
実務の中でトレーニングで学んだことを実践する段階です。新しく学んだことを実践しようとすると「分かったつもりになっていた」「実際の状況に適用する方法が思いつかない」など様々な問題にぶつかります。
近い経験を持つ人に相談するなどして、発想のきっかけを他者からもらうのは良いですが、今後の実践で使えるようになるためには自身で腹落ちする必要があります。定期的なコーチングを通じて、問題に気づき、自身の経験や蓄積した知識を紐付けて、解決する糸口を探していきます。
コーチャーを限定すると、メンバー数に相関した時間が必要になります。メンバー同志でコーチーとコーチャーを兼ねるピアコーチングをおすすめしています。コミュニケーションのきっかけや学び合う文化にもつながっていきます。
●定期的なふりかえり
実践したこと、感じたこと、コーチングでの腹落ちも踏まえて、ふりかえります。一度立ち止まり、書き出し、客観的に眺めることで次に進むための考えを整理していきます。
Timeline + KPT、YWT、Fun/Done/Learn など、さまざまな手法があります。メンバーの状況に合う手法を探していきましょう。
■分析ステージ
●メンバーごとに、目標の達成度を把握
メンバーごとに、自身で立てた目標をどこまで達成できたかを把握します。
目標に沿って着実に成長していることを客観的に把握し、次のサイクルでの進め方をカイゼンしていきましょう。
●成果につながった行動
実務で登録したデータやシステム利用のログなどを収集して、成果と行動を紐付けて分析します。どの行動の流れで成果が挙がったのか・挙がらなかったのか、その要因・原因はなにかを分析します。分析でわかったことを、次のサイクルで、行動、知識/スキルに反映します。成果につながる行動をデータドリブンに分析することがイネーブルメントを支えています。分析での学びを育成に活かしていきましょう。
●成果につながったツール/ナレッジ
成果を挙げたメンバーが利用しているツールや、仕事の進め方を整理し、次のサイクルで全員に共有します。ツール/ナレッジの提供者が誰なのかも併せて共有し、メンバー間での学び合いを促進します。共有するツール/ナレッジで大切なのは、効率的に行動することです。より行動がスムーズに進むようにブラッシュアップしていきましょう。
●トレーニングコンテンツの品質
コンテンツごとのアンケート結果から、より分かりやすく、より行動につなげやすくする方法を検討します。また、古くなった情報があれば、これも併せて次のサイクルでコンテンツに反映していきます。トレーニングコンテンツで大切なのは、必要な行動につながることです。より行動しやすくなるようにコンテンツをブラッシュアップしていきましょう。
■イネーブルメントの適用例
エンジニアリング組織に適用した例です。イネーブルメントのステージ、構成要素の全てを網羅する必要はありません。成果から行動・知識/スキルを整理した後は、すでにあるものを活用し、すぐに準備できて、効果の高そうなものから着手します。段階的に実施の幅を広げ、深さを掘り下げていくことができます。
■まとめ
求める成果から必要な行動、知識/スキルまでつながるように整理することで、どこの組織/チームにも適用することができる、成果につながる人材育成のしくみを構築することができます。所属する組織の状況に合わせて、段階的に進めていきましょう。
いつも応援していただいている皆さん支えられています。