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整数を作る物語(2)

※前回の記事『整数を作る物語』の続きになります。

我々の知っている整数の世界には加法、減法、乗法が自由でできて、どんな2つの整数a,bを持ってきても、
 加法:組(a,b)を和と呼ばれるa+bに対応させる写像
 減法:組(a,b)を差と呼ばれるaーbに対応させる写像
 乗法:組(a,b)を積と呼ばれるa・bに対応させる写像
が定義されている。

積a・bは
 a×b
や単に
 ab
と書くこともある。

前回は整数の世界を自然数の集合Nから構成し、そこに加法・減法について定義してきた。それは自然数の集合Nに加法の単位元0を付け加えた集合N’=N∪{0}を使って、直積集合N’×N’の上の同値関係~:
 (a,b)~(a’,b’) ⇔ a+b’=a’+b
による商集合Z=N’/~を構成し、この中で加法や減法は次のように定義されている:
 [a,b]+[a’,b’]=[a+a’,b+b’]
 [a,b]ー[a’,b’]=[a,b]+[b’,a’]
ここで、[a,b]は(a,b)の同値類を表している。

では、Zの乗法(・)はどのようにして定義されるべきだろう。よく知っている整数の世界ときちんと対応がつくように構成しよう。

1.乗法の定義

結論からすれば、実は次のように定義すればよい:
 [a,b]・[a’,b’]=[aa’+bb’,ab’+a’b]

この乗法の定義が代表元の取り方によらずに決まることを確かめなければならない。代表元によらずに定義されたとき、その定義はwell-defiendと言われる。日本語で訳せば「うまく定義されている」であるが、公式な訳語は見たことがない。

ではwell-defiendであることを証明してみよう。特に気にしなければ、証明は飛ばしていただいて構わない。

2.well-definedの確認

[a,b]=[c,d],[a’,b’]=[c’,d’]のとき、
 a+d=b+c   ・・・(1)
 a’+d’=b’+c’  ・・・(2)

このとき、
 [aa’+bb’,ab’+a’b]=[cc’+dd’,cd’+c’d]
即ち、
 aa’+bb’+cd’+c’d=ab’+a’b+cc’+dd’ ・・・(♠)
が成り立つことを示したい。

(1)の両辺にa’,b’,c’,d’をそれぞれ乗じ,(2)の両辺にa,b,c,dをそれぞれ乗じて得られる8つの等式を書きだそう。

 a’(a+d)=a’(b+c)
 b’(a+d)=b’(b+c)
 c’(a+d)=c’(b+c)
 d’(a+d)=d’(b+c)
 a(a’+d’)=a(b’+c’)
 b(a’+d’)=b(b’+c’)
 c(a’+d’)=c(b’+c’)
 d(a’+d’)=d(b’+c’)

N’では乗法の加法に対する分配法則が成り立つから、これらを展開すると、

 a’a+a’d=a’b+a’c
 b’a+b’d=b’b+b’c
 c’a+c’d=c’b+c’c
 d’a+d’d=d’b+d’c
 aa’+ad’=ab’+ac’
 ba’+bd’=bb’+bc’
 ca’+cd’=cb’+cc’
 da’+dd’=db’+dc’

という等式が得られる。これらの等式で、太文字にした部分は、目的の等式(♠)の左辺に現れる項である。太文字の場所は左辺と右辺をジグザグに現れている。そこで、太文字のある辺同士を加えていって得られる式を左辺に、太文字でない方の辺同士で加えていって得られる式を右辺として等式を見てみると、

 左辺=a’a+a’d
    +b’b+b’c
    +c’a+c’d
    +d’b+d’c
    +aa’+ad’
    +bb’+bc’
    +ca’+cd’
    +db’+dc’

 右辺=a’b+a’c
    +b’a+b’d
    +c’b+c’c
    +d’a+d’d
    +ab’+ac’
    +ba’+bd’
    +cb’+cc’
    +da’+dd’

この式の右辺もわかりやすくするために(♠)の右辺に現れる項を太文字にした。

さて、この式を眺めると、左辺も右辺も(♠)に現れた項が2つずつ表れたものと、それ以外の項の和で構成されている。

(♠)の左辺をA,(♠)の右辺をBとおき、上の左辺と右辺の「それ以外の項の和」をまとめて、それぞれS,Tとおき、さらに左辺=右辺を書けば、 
 2A+S=2B+T
ということになる。

しかしよくみると、SおよびTの項の集合をみると、
 S:{a’d,b’c,c’a,d’b,ad’,bc’,ca’,db’}
 T:{a’c,b’d,c’b,d’a,ac’,bd’,cb’,da’}
  ={da’,cb’,ac’,bd’,d’a,c’b,ca’,b’d}
  =S
(乗法は交換可能である)

よって、S=Tである。従って、
 2A=2B
これより、
 A=B
である(注意1)。これが示すべき等式であった。

(注意1:一般に写像
 N’→N’
 x→x+x=2x
は単射である。その証明はほぼ明らかだろう。)

3.乗法の意味

Zの乗法が代表元の取り方によらずに矛盾なく定義されることがわかった。このようなZの乗法の定義は何やら不自然さがあるだろう。その感覚は整数の乗法を構成しようという立場から見たら、突然天下り的に定められているからである。つまり、整数の世界の構成の中でごく自然に現れたシロモノではなく、整数の乗法を”知っている”立場から見たときに、このように定義している。乗法を”知っている世界”から写し取る、ということをしている。しかしながら、その知っている整数の世界(特に乗法)を具現化するには、このように定義することで結果的にうまくいくことが確認される。

ところで本当にその”知っている整数”になっているかを確認するには、Zにおける加法や乗法と、知っている整数における加法や乗法との間に、加法および乗法を両方とも保つような同型写像を見出せばよい。

しかしながら、まずは上の乗法が何をやっているのかを眺めることで、その意味合いを掴むことにしよう。

Zの任意の元は代表元をうまくとって、
 [x,0],[0,x]
という2つの型で書けるのであった。ここでxは0または自然数(つまりN’の元)である。これらは順にx≠0なら正の数負の数である。

これらで上の乗法で計算すると、次の4つのパターンになる:

 [x,0]・[y,0]=[xy,0]
 [x,0]・[0,y]=[0,xy]
 [0,x]・[y,0]=[0,xy]
 [0,x]・[0,y]=[xy,0]

さて、x=0の場合はこれらの積は一律
 [0,0]=0
であるから、我々の知っている整数の乗法の結果と一致するのはよいだろう。(0倍は常に0になるのだった。)

次に、x≠0の場合、これらの元は
 [x,0]=x
正の数
 [0,x]=-x
負の数であるから、これらの積が表しているのは、

 (正の数)×(正の数)=(正の数)
 (正の数)×(負の数)=(負の数)
 (負の数)×(正の数)=(負の数)
 (負の数)×(負の数)=(正の数)

で、値はそれぞれ数値部分のみ積をとったものに等しい。従って、この場合も我々のよく知っている整数の乗法の結果と一致する。

4.知っている整数の世界との同型写像

では、”知っている整数”をZ’とおき、ZからZ’への同型写像を見つけよう。

まず、写像
 f:N’×N’→Z’,(a,b)→aーb
に対して、fの値で一致するもので定める2項関係は、同値関係~に他ならない:
 a≧0,b≧0に対して
  (a,b)~(a’,b’) ⇔ a+b’=a’+b (N’において)
              ⇔ a+b’=a’+b (Z’において)
              ⇔ aーb=a’-b’ (Z’において)
              ⇔ f(a,b)=f(a’,b’)

従って、(⇒)のことから、~による同値類の代表元の取り方によらず、fでの値は一定である。これは、写像
 g:Z→Z’,[a,b]→f(a,b)=aーb
を引き起こすことを言っているが、さらに(⇐)のことからfで一致する2元は互いに同値であるから、このgは単射である。

そしてfは明らかに全射であるから、自動的にgも全射で、従ってgは全単射である。

次に、N’×N’に次のような加法(+)、乗法(・)を定義する:
 加法:(a,b)+(a’,b’)=(a+a’,b+b’)
 乗法:(a,b)・(a’,b’)=(aa’+bb’,ab’+a’b)

このように定義されたN’×N’は加法についても、乗法についても写像fと両立する。即ち、
 f((a,b)+(a’,b’))=f(a,b)+f(a’,b’)
 f((a,b)・(a’,b’))=f(a,b)・f(a’,b’)
が成り立つ。

加法については、
 f((a,b)+(a’,b’))=f(a+a’,b+b’)
              =(a+a’)-(b+b’)
 f(a,b)+f(a’,b’)=(aーb)+(a’-b’)
            =(a+a’)ー(b+b’)
で一致する。

乗法については、
 f((a,b)・(a’,b’))=f(aa’+bb’,ab’+a’b)
              =aa’+bb’-(ab’+a’b)
 f(a,b)・f(a’,b’)=(aーb)(a’-b’)
           =aa’-ab’-a’b+bb’
           =aa’+bb’-(ab’+a’b)
で一致する。

従って写像g:Z→Z’は加法、乗法について準同型であること:
 ・g([a,b]+[a’,b’])=g([a,b])+g([a’,b’])
 ・g([a,b]・[a’,b’])=g([a,b])・g([a’,b’])
が自動的に従う。

以上で、g:Z→Z’は同型写像である。

つまり我々の構成した整数(Z,+,・)と知っている整数(Z’,+,・)はその演算の構造も含めてgを通して1対1に対応していることがわかった。

5.「作る」ということ

もともと知っている整数の世界は、自然数の世界から減法の自由が利くようにした理想の産物にあった。しかし、自然数から出発して、新しい集合を作り、その中に演算を定義して構成したきたものは、一連の数学的な手続きを経て構築されている。その意味では創造した世界となる。創造した世界と想像した世界が同型対応したのだった。

このように「作る」とは想像物を実体化させる作業である。

しかしもとを溯っていけば、そもそも自然数はどこから来たのか、集合はどこから来たのか、といった疑問もある。何を認め、どんな数学的手続きで、どうやって構成するのかという話になる。何かを認めない限り生まれない。そして何を原理として出発するかは悩ましい。しかしそのことは「作る」ことを意欲的に刺激する。

6.参考文献

今回、このテーマを思い付きで書き始めたのですが、意外と長い話になってしまいました。私の冗長さが如実に現れていることでしょう。ひとまずこれで整数の構成の話は終わりになります。今回も以下の参考文献を参考にしています。Zの乗法のwell-definedについては証明が割愛されていたため、私なりに補完したものです。もっと「軽い証明」があったかもしれません。

参考文献:『環と加群』山崎圭次郎,岩波基礎数学選書

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