新年
今年もさまざまなことがあると思いますが、目の前のことに集中し、淡々と、どんな状況であろうと「やることはやった!もう悔いなし!」と思えるように日々を過ごしていきたいと思います。
身内に悲しみごとがあったとき、義父が無邪気な孫たちの姿を見て、その子らの存在を救いだと言っていたことを思い出します。
社会の雰囲気にのみこまれずに、目の前のこと、その瞬間を味わっていれば、一時は滞ることがあったとしても、いずれ解けて流れていくのではないかと思うのです。
以下雑記。
年末と年始に負荷のかかった状態にさらに無理を重ねたら2度体調を崩した。
実際そのときは辛かったのだが、状態が良くなる瞬間の身体変化を感じることができたのがおもしろかった。
2度目は今まで動きを感じられなかった背骨の動きを感じることができて少しわくわくした。
いつものように辛さに浸りきっていたら気づかなかったと思う。
これまで官足法にどっぷりだったわたしですが、数ヶ月前から「痛みは正義!」という向き合い方とは違う、闘うのではなく、共にあるようなそんな身体との向き合い方を模索している。
昨年、気になっていたDr.HEADという頭のカッサと首の施術を中心にやられているお店に行ってみたところ、アプローチの仕方や自分が軽視してしまいがちなところがありありとわかり思い出深い経験となった。
初めての来店なのに顔出しをされていない方(性別も記載なし)を指名したことで、担当された方には不思議がられたりした。
ここに来た経緯を手短に話しながら、指名に関しては「占い的な運試しが好きなので」といったようなことを話したように思う。
担当は正面から向き合ってくれるような方だったので、私自身も素直に受け取ることができた。(自分の頭なかでは「大当たり〜♫」となってちょっとおもしろかった。)
そのなかで施術とは妊婦と助産師みたいな関係なんだなとしみじみと思った。
「自分が産む」のでも
「介助者が産ませる」のでもない
共に呼吸を合わせて「生まれる」までの道のりを実感しながら「生まれた」状態になっていく。
ひとりで頑張ることの無力さや限界も感じたし、呼吸を合わせ委ねきった瞬間の変化も体感した。
長男…
知らぬ間に長男が足のリンパマッサージにハマっていた。
「2日でしかも撫でるだけでこんなに変わったよ!」と珍しくテンション高めで熱く語ってきた。
ぱっと見でわかるくらい変化していて、しかもくるぶし周りや足首の首のうなじみたいな部分がすっきりして美しくラインになっていた。
私が驚いた反応をしていたら、「一緒にやろう!」と言ってきて、教えてもらって一緒にやってみたらさまざまな変化があっておもしろかった。
普段は「なんでもいいよ〜めんどくさいし〜」といった感じなのに、内側から起きた行動はこんなにも人を生き生きとさせるのかと、親としての驚きもあった。
夢中になっている人の側に居ること。
嫌な顔をせず騙されたと思ってとりあえず一緒にやってみること。
そのエネルギーの恩恵で不思議と一緒に引き上げてもらえてしまうんだなと思った。
痛み…
突然痛みを突きつけると拒絶反応が起こる。
一度優しさ(温かさ)に包まれれば、そんな痛みも受け入れられる痛みへと変化する。
同じ身体なのに不思議だ。
受け入れ態勢ができると頑なさが解けていく。
撫でているだけなのに、皮膚の表面がしっとり柔らかくなる。
撫でているだけなのに質感まで変わっちゃう。
本当にじぶんのか?!となって、あまりにも違和感がありすぎて思わず笑ってしまった。
そもそもさ、なんで自分に冷たくしちゃうんだろうね。
そりゃヘソも曲がるし、すねちゃうわけだ。
合気道を習っていた頃、木刀の稽古で「木刀も自分の身体の一部であるように」と言われたことを思い出す。
世界のどこまでを自分の身体の一部とするか、私はまだまだ定まらないのだけれど、それが定まってくると見え方がまた変わってきそうだなと思った。
人の言葉にハッとするとき
驚いてしまうのだけれど、それがきっかけで新たな指針になったり、希望の種になったりする。
それらをヒントに ぽんっ!と何かを思いつく。
さあて、ぼちぼちやっていきましょうかね。
楽くなりそうだし面白そうだ♪